過去作品「吉野山金峯山寺の上映会にて」2019年春

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  • เผยแพร่เมื่อ 24 ธ.ค. 2024
  • 「映像作家の日記」
    今年になっていろんなことが目まぐるしく変化し始めた。
    2月はいろんな意味での大団円。最後の締め括りのようになるだろう。
    それに合わせたのかのように、急に体調も変化している。
    困ったことに下剤が効かない。これまでにいろんな薬を試して、最後にたどり着いた唯一の信じられる薬が効かなくなった。そのために、この数日は外出出来ず、撮影にも出られない日が続く。
    そんな時、ラジオでさだまさしさんが「いつか保山さんの上映会に行きたい」そんなことをおっしゃってくれた。お世辞でも嬉しい。
    それなら私に出来ることは、さださんが来てくださるまで上映会を続けること、それしかない。私がそう思うことが、私に生きる理由を与えて下さっているということ。
    病気を抱えていると、逃げ出せない苦しみが常にある。時間が経っても消えることはない。完治しないのであれば、生きている間はずっと苦しみ続けることになる。そんな風に病を抱えておられる方はたくさんいる。私だけではない。でも、人は弱い、私ですら痛みが続くと希望を持てなくなり、自分の手で終わらせることを考える。それは間違った手段だと分かってはいても、逃れるにはその方法しかない。追い詰められ、私がその方法を選ぶ事がないとは自信を持って言い切れない。でも、さださんがいつか上映会に来てくれるかもしれない、そんな可能性があれば、天から垂れる蜘蛛の糸でも良い、それを目標に死ぬことは選ばないだろう。
    少し前の「映像作家の日記」に3月で上映会を終える、その心境を綴ったが、さださんのラジオの一言で、ボロボロになっても続ける決心をした。私の周りは次第に暗くなる、このままでは完全な闇に包まれる、そうなる前に自らで灯を消そうと思った。せめて自分の手で終わらせようと思った。でも、さださんの一言が希望の光になった。まだ遠くて小さな光だけど、そのあたたかで眩しい光は間違いなくそこにある。
    だから、まだ終わらせる訳にいかない。上映会も生きることも。
    さだまさしさんの一言で、私は決心した。
    「諦めない」

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