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長崎県佐世保市から視聴させて頂いてます。この法話を視聴してコメントせずにいられなくなりました。私は55歳で独身です。母は令和元年5月7日、父が令和5年11月6日に亡くなりました。両親とも先祖代々真宗大谷派の門徒です。母は晩年肺がんで入退院を繰り返しておりました。亡くなる2週間前から食欲もなかったのですが自分が食事時間帯に病院に行った時にはおかゆをスプーンにすくい口に運ぶと食べてくれてました。食べながら母はいつも『おまえもご飯は食べよるとか?』と言ってました。この法話と同じです。息を引き取る数時間前に眠っていた目をカッっと見開き30秒ほど私を見てました。言葉は発しませんでしたが私には『しっかり生きろ!』と言われてるように感じました。高科さまが法話でお話しされてる『その命尽きるまで諦めず、投げ出さず、腐らずに生き抜け』と母も言ってたのだと、お坊さんの小話の動画を見るようになって気づきました。昨年父も亡くなりました。先日父と母の遺骨を一緒に納骨しました。母の遺骨を父が近くに置いておきたいと言うもので当時の住職に相談しました。住職は『それは全然構わない。しかし本当に親父が亡くなるまでだぞ!途中でやっぱり納骨しますは許さないぞ』とやっと2人一緒に納骨できました。『仲良し夫婦だったからこれでよかった』と現住職がおっしゃてました。これからも動画を楽しみにしております。御身体には気を付けてください。自分も阿弥陀如来に念仏を唱えながら先人たちに今こうして生きているといううことに感謝しながら生きていこうと思います。長い文章になって申し訳ありません。南無阿弥陀仏
辻雅彦様ご視聴、コメントありがとうございます。大切お母様とお父様とのお別れ…そのお別れに際し、文面で失礼とは存じますが、一言、お参りの言葉を申させていただきます。『たいへんお寂しいことになられました南無阿弥陀仏』おまんな(お前)食べとるか……この言葉に代わる、親の愛を語った言葉は存在しません。おまんな(お前)食べとるか……この言葉に代わる、親の深い願いこもった言葉は存在しません。それほどの、大きく深い願いなのです。世界中のどの親も…誰ひとり漏れることなく我が子をおまんな(お前)食べとるか……と願っています。その願いは、人が人として生き始めた遥か昔から脈々と受け継がれての今日(こんにち)であります。辻雅彦様。どうぞ、辻雅彦様のその時が来るその瞬間まで、辻雅彦様が感じる『大きな深い願い』につつまれながら、辻雅彦様の人生を生き切っていかれますことを、切に願っております。南無阿弥陀仏合掌高科修
よいお話し有難うございます。まだまだお話しをお聞きしたいです。
三村勲様ご視聴、コメントありがとうございます。今現在、300本の動画が配信済みであります。どうぞ、時間のあります時に、ご視聴下さいません。よろしくお願い申し上げます。南無阿彌陀仏合掌高科修
とても、心に染み入るお話、ありがとうございました。
A・シキミ様ご視聴、コメントありがとうございます。お言葉を励みに、ますますの精進に努めます。南無阿彌陀仏。合掌高科修
昨年突然死した母について、未だ、優しくできなかった私、毎日後悔の念ばかり蘇り、苦しい日々です。ためになるお話し、突然死だったため、なんにも、最後の話しできませんでした。どうして、あの時、おかあさんに、優しくできなかったかくやまれてます。大事なお話しありがとうございます
フリージア薫様始めに…大切なお母様がお亡くなりになられましたこと、文面で失礼とは存じますが、お参りの言葉を申させて頂きます。「たいへんお寂しいことになられました」フリージア薫様。辛く悲しく寂しい日々をおくられていらっしゃること、私ごときがご推察いたすにはあまりにも失礼かと存じます。けれど、深い深い悲しみと後悔の念にさいなまれておられるであろうことは十二分に感じることはできます。だからこそ…お伝えしたいこと、知っておいて欲しいことがあります。たとえどれだけお母様に、全力で優しくしていても、どれだけ全力で看病をしていても、それこそ身を粉にして尽くしたとしても…愛した人、愛された人、大切に思った人、大切に思われた人が亡くなったなら…もっとあーすれば良かったんじゃないだろうか?こうも出来たんじゃないだろうか?もっと話を…もっと優しく…と、それこそきりのない思いが頭どころか、身体中を駆けめぐります。「後悔・懺悔」しないことなど、決して誰にも出来ないことなのです。そのことをまず知っていて欲しいのです。その上で、どうか自分を責めないでください。「優しくできなかった私」と、どうか責めないでいて欲しいのです。なぜなら…もしフリージア薫様、あなた自身がお母様より先に亡くなったとします。どうでしょうか?遺されたお母様に「自分を責める」ことを望むでしょうか?「自責の念」にさいなまれて生きることを望むでしょうか?「後悔の念」で苦しむことを願うでしょうか?それより、フリージア薫様は、遺されたお母様のことが心配で心配でたまらないのではないのでしょうか?それはお母様だけではないはずです。自分が先に亡くなったなら、娑婆に遺してきた、夫がいるのならその夫。子供がいるのならばその子供。兄弟、友達…大切で大事な愛する遺してきた人たちが心配で心配でたまらないのではないのでしょうか?ちゃんとご飯は食べているだろうか?私(子供)が亡くなって、遺された親は悲しみのあまりに自暴自棄なってるのではないだろうか?遺してきた子供はちゃんと一人前の大人になれるだろうか?等々…心配でたまらないのではないのでしょうか!全力でお母様に優しくしていても、何をどう尽くしていても「後悔」はしてしまうものなのです。それが大切な愛する人を亡くした、遺された者のある意味、必ず起こる気持ちなのです。だからこそ今、フリージア薫様が、手を合わせ心に湧きたたせる思いは、「お母様。心配していて。その心配が心配でないように!大丈夫!辛く悲しく寂しいけれど、私はしっかり生きていくから!人に優しく生きていくから!」とお母様のお気持ちを汲むことにあると思います。そんなことは…亡くなった人が私を心配しているなど…信じられない。と言った人がいます。でも、きっぱりと、ハッキリと私は申します。「心配している!」のだと。なぜなら、それが「親」だから!実母であろうが義母であろうが、「親」と名のつく存在は「心配」をするものなのだから!と。フリージア薫様。浄土真宗では亡くなった方を「大きな願い」そのものになった(それを仏と呼びます)と説きます。後悔はなくならない。悔やむ心はなくならない。けれど、その後悔で苦しまないでください。苦しむより、その後悔をもちながら、亡くなったお母様の…「遺された者たちが、仲良く優しく、そして、何があっても自身の人生を生き切っていって欲しい」という「願い」を汲み取って頂き、その願いを汲み取りながら、一歩一歩ゆっくりとフリージア薫様ご自身の人生を歩んで行かれることを、切に願っております。合掌高科修
@@buddhism_japan ありがとうございます。お彼岸と言うことで、身内集まりにこにこでお墓参りできました。母よろこんでくれていると思います
母の最後の言葉を、僧侶さんの口をお借りして聞けた思いです。ありがとうございます🙏
月乃蓮様『最後の言葉を聞く』…それはある意味不可能なことかも知れません。なぜなら、話す力があるのなら…話すことが出来るのなら…人はまだ生きていられるのですから。手を握り、ありがとうと告げて、息をひきとる。それは映画やドラマの中の出来事です。命を燃やし命を生き切った人間には、その最後の言葉を言う余力さえなく命を生き切るのですから。しかし…しかしながら…この不可能は、実は可能なのです。可能どころか、お母様の最後の言葉は、月乃蓮様が生きている間中、月乃蓮様のその時が来るその瞬間まで、月乃蓮様を包み混み、月乃蓮様を願い続けているのです。信じられませんか?そんなことは嘘だと思われますか?いえ、決して嘘ではありません。その証拠…その理由…その証明…のお話があります。返信で文章で書きますと、恐ろしく長文になってしまいます。ですので、お願い致します。本当にお願い申し上げます。時間をおとり頂いて法話『生活と浄土』富山別院 秋季彼岸会 2022年9月23日th-cam.com/video/s9wmyFDHtBc/w-d-xo.htmlの動画をご視聴頂ければと願っております。最初はこの動画と同じお話が始まります。けれど…そこから、さらに私が愛する人、私を愛してくれた人が、私を願ってくれていることが、腑に落ちていただけるお話と続いてまいります。どうか、よろしくお願い申し上げます。合掌高科修
@@buddhism_japan さん拝聴させていただきました。ありがとうございます🙏
とても 心にしみるお話 ありがとうございました。私の両親が亡くなって20年以上経ちますが 父親の最後は 酸素マスクの中で一生懸命 何かを言っておりました。母親の最後は 意識もない状態でしたが 「ありがとう」と……2人とも 若くしてこの世を去りました。きっと 残された 一人娘の私の事が心配でならなかったと思います。母のお通夜式では 叔母たちと色々ありました。亡くなってからも私は 母親に心配をかけてしまっていました。親が元気なうちは けんかもし、親を泣かせた事もありました。居てくれる事が当たり前に思っていました。以前の動画でもありましたが 当たり前などない。両親を亡くし、今 自分が母親の立場になり初めて 母の気持ちがわかります。子を思う 親の気持ち。今回のお話をお聞きし、両親との最後の時間、昨日の事の様に 思いました。親がどれだけ 子供の事を思っているか……きっと 私同様、私の子供達も 今はわからないと思いますが あの子達が親になり 初めて 気づく……心にしみるお話、胸が熱くなりました。ありがとうございました。
さくら🌸様『きっと 私同様、私の子供達も 今はわからないと思いますが あの子達が親になり 初めて 気づく……』それで良いのだと思います。いえ…そうでしかないのです。そして、今!自分が親として子を心配し叱り愛するそのことが、「そのこと」を「その時」に遺された私(子供)に気づかせてくれるのです。『生きている私は…生きている限り…親(仏)の願いの中で生きている』このことに。親鸞聖人は「信心決定」という言葉を使われます。「信じきる」という意味です。では、信じきるとは何をどのように信じきるのでしょう。それはまさしく『生きている私は…生きている限り…親(仏)の願いの中で生きている』このことに他なりません。親が子を思い。その思われた子がまたその子を思う。またその思われた子がまたその子を…そして気づくのです。子を思う私(親)も子として思われている事実に…この果てし無い過去から現在、未来に向かって続いていく未来永劫の思いの連鎖(無量寿)の中で生きている私。こう信じきって自分の人生を生きていくそのことを「信心決定」と親鸞聖人は申します。ただ世の中には、このことを信じきれない方々が居るのも事実です。不思議です。ある意味…自分が信じていなくても『生きている私は…生きている限り…親(仏)の願いの中で生きている』ということは事実であり真実でありまぎれもないことなのに!だからこそ、この真実に気づいたならば、信じきれたならば、自分自身が生きている人生が「素晴らしく素敵なもの」として感じて行けるのです。毎日が「当たり前でない」と。さくら🌸様。さくら🌸様のコメントの南無気づけ阿弥陀仏気づきましたは、素敵な南無阿彌陀仏です。合掌高科修
南無阿弥陀仏ありがとうございました。
とし爺様たとえ自分が何歳(いくつ)になっても、親は子を心配するものです。そのことは、自分が親になっているならば当然の事のように理解できるはずです。いえ、理解どころか、それはもう本能として親の心にあるものです。私たちは、自分が親になり、歳を重ねると、自分が「子」であったことを忘れてしまいます。大きな深い愛に包まれて、願われて生きていることを忘れてしまいます。とし爺様。共に、深い愛に願われて生きていることを、忘れずに生きていきましょう。合掌高科修
いつもありがとうございます
tiara Kansai様こちらこそ、いつもご視聴、コメントを頂き、ありがとうございます。感謝しております。合掌高科修
何があっても寿命が来るまで生きなければ‼️ ありがとうございました。
aikane35ify様「何があっても寿命が来るまで生きなければ」aikane35ify様のそのお言葉が、なにをおきましても私の喜びであります。そしてこのお坊さんの小話の動画を配信している「願い」でもあります。aikane35ify様。ありがとうございます。合掌高科修
僧侶の方々、この真剣勝負が日常だと思うと、ホントに大変、責任重大な職業ですね。(職業って単語は何か違うけど...)どう生きていけば良いのか。毎日ではありませんが、自問自答です。生前の母が、言ってました。 > 先生と名のつく職業、世間知らずが多い。 > そうなったら、あかんよ。 > 肩書きに負けない、立派な人に成りなさい。 > 肩書きを外したトコで、一流で在りなさい。 > そう、お父さんみたいに。大学教員になった当初の私への言葉でした。肩書きが進むにつれ「負けない」ためには人として、より大きなモノが不可欠になります。まったく、酷なこと言ってくれましたわ(笑)そんな母も、 >> ただただ息子の出世を願っていたのだと、母を慕った妹分に教えて頂きました。「そんな風にも思ってくれてたんだ」と驚きでした。(出世欲が無い異端児、そこそこで許して下され)一方、晩年の父は、1人息子の私に、ただただ、いつも感謝を伝えてくれてました。この法話の配信日、それは3.11でした。 # 11年前、津波被災地で流した汗と涙 # 毎晩通った近所の避難所と、人の輪(和) # 20km圏内の汚染地域への一時帰宅支援行動記録と感情は、当時のSNSに記しており、(Facebookではなくmixiの時代でした)この時期になると、記述を毎年振り返ります。2011年の過去が、現在になり、また涙します。日記には、ただただ利他的な欲求の赴くまま、躊躇なく存分にやった思いが赤裸々です。過去の自分の記述は、今の自分への問いなのです。私は、父と母に認めてもらえる立派な人間に成れてるいるのだろうか...答えは分かりませんが、胸を張って言えます。「ここ数十年、大きくなろうと、頑張ってるよ」 鈴木@新潟 50歳P.S. 先日「避難所の長(市の部長さん)」にひょんな事から11年ぶりに再会し、人間名刺をお渡しすることができました!.
202 BEAM 様『私は、父と母に認めてもらえる立派な人間に成れてるいるのだろうか..答えは分かりませんが、胸を張って言えます。「ここ数十年、大きくなろうと、頑張ってるよ」』お父様やお母様に向けての、この202 BEAM 様の言葉こそが、まぎれもなくお父様とお母様が202 BEAM 様に「望んでいた願い」です。いえ、今現在も「望んでいる願い」です。『私は、父と母に認めてもらえる立派な人間に成れてるいるのだろうか..答えは分かりませんが、』この言葉には、傲慢さも自惚れも、卑下も、謙虚も、それらは微塵もありません。この言葉は、自らの生き方を、自らに「問う」という「人生を生き切る」という生き方に必要不可欠な「自覚」の思いです。『胸を張って言えます。「ここ数十年、大きくなろうと、頑張ってるよ」』この言葉は、「今を一生懸命に生きている」という「告白(宣言)」です。この2つ!「自覚と告白(宣言)」のセットがあればこその「南無気づけ阿弥陀仏気づきました」の「南無阿彌陀仏」になります。子の出世を願うのは、ある意味…親心です。しかしながら、出世を願う親心を持つ「親」自身でさえ、親の願う(親心)の深層の願いに気づかずにこの「出世」の言葉を使っている(願っている)のです。その深層の願いとは…それはとりもなおさず…出世した肩書きに相応しい人間。出世した肩書きに見合った人格、教養、知識、見識、品格を持った人間。言うなれば…「大きな人間」になって欲しいという願いです。親の願いは、その言葉の表す出世ではありません。出世の言葉に必ずあるはずの「人としての大きさ」を求める願いです。故に、202 BEAM 様の「自覚と告白(宣言)」にお父様お母様の願いを汲み取って生きている!とお話をさせて頂きました。202 BEAM 様。この「自覚と告白」は、以前もお話を致しました通り、波打ち際に書いた字です。絶えず意識していなければ自分の中から消えてしまいます。それはこの返信を書いている私(高科修)も同じです。故の日常の真剣勝負の意識です。どうぞ、202 BEAM 様におかれましても、共に真剣勝負の意識で生活されますことを切に「友」として願っております。この返信を書いている最中に…宮城県・福島県で震度6強の地震のニュースが入ってきました。「2011年の過去が、現在になり、また涙します」の202 BEAM 様のお言葉が、まさに胸に刺さります。誰もが無事であって欲しいと願わずに祈らずにはおれません。新潟県の停電のニュースも入ってきました。202 BEAM 様。ただただ心配しております。追伸「過去の自分の記述は、今の自分への問いなのです」素敵な言葉です。「人間名刺」さっそく役にたちましたね。合掌高科修
>新潟県の停電のニュースも入ってきました。長岡は震度4でした。(にもかかわず、寝てて気づかず...)朝から、研究設備の被害状況の確認に追われてます。体はもちろん、大きな問題は無さそうです。まずは、連絡まで。
返信ありがとうございます。下記、長文・乱文、失礼します。自分のカキコミ後、ソレを読み返して、なぜに書いたのか、はっきりしませんでした。>自覚と告白(宣言)なるほど、コレが深層心理だったのですね。私への意識付け、感謝申し上げます。ううむ、自己分析能力が足りてませんねぇ。繰り返しで、伸ばしていくしか無いですね。文章化で、思いが明確になるのは有意義です。今の自分に対する、自覚の鮮明化だけじゃなく、未来の自分が、振り返る資料にもなります。告白が持続・退化・進化してるか否か、と。ここ20年、インターネットの普及により、友人へのe−mailや、SNSでの記述として、自分の思考が、PC内に全部残ってます。 残る、残せる、残ってしまう... 裏を返せば、後の自分が自発的に、 見る、見れる、見れてしまう...です。ここ数十年、私が繰り返す方法です。両親の語った内容は、まさに「願い」ですね。両者が結びついたのは、最近の事です。(ご住職のお陰でございます)私は、その中で、生きている、生かされてる。>波打ち際に書いた字はい、絶えず意識していきますね。次の数十年も。>お父様お母様の願いを汲み取って>生きている第三者的に見れば、汲み取れてると思います。でも、その能力(思考回路)を、この私に、植え付けてくれたのは、まさしく両親ですね。(もちろん、今までの周りの方々・環境も)腐らせず育て続けた私自身も、誇りです。>出世、と言う言葉の深層の願いおぉ、なるほど!肩書きに見合う大きさ、その通りですね。私もいずれ、我が子供達に、願うのでしょうね。そして「両親の言葉」を、相続してくのでしょう。大学で、助手→准教授に昇進した時のこと。本人は「年貢の納め時」と観念だったのですが、両親が、非常に喜んでくれたのは、驚きでした。親心を、知りましたねぇ。>故の日常の真剣勝負の意識です。納得です!!>地震11年前の避難所の方々の地元、東北大の仲間、いずれも震度6強...脳裏に焼き付く大学院時代の阪神大震災、新潟中越地震の倒壊家屋と復旧作業の日々、いろんな事が頭をよぎります。それでも... 人は逞しいのですよ...近い将来の、避けられない巨大地震、最小限被害で済む時間帯でありますことを。P.S.この文章を読む将来の自分へ。「50歳の俺、立派やん」で済ませんなよ。この、過去の記述に対して、批評できる点、成長できてる部分はちゃんとあるか? 自分の問いに、自分で答えろ。.
昨年母を手を握りながら見送りました。最後は意識が混濁し、十分に会話が出来ませんでした。ただ、子供や孫の体調を心配しながら逝きました。
三宅様手を握り、ありがとう、ありがとうと声をかけながら見送れたのでしたね。穏やかに旅立って欲しいと接しておられた三宅様は、大切な愛するお母様を。三宅様がしっかりと握っていたお母様の手。そのお母様の手は…間違いなく、しっかりとまた力強く握り返されていたことであると私は確信しています。それが現実として我が手に感じなくても。しっかりと力強く握り返されているのです。なぜなら、お母様は「子供や孫の体調を心配しながら…」だったのですから!そしてその心配というお母様の「大きな愛」は、今も、これからもずっと、遺った子供や孫に注がれ続けているのです。三宅様は、「最後は意識が混濁し、十分に会話が出来ませんでした」とお話になられておられますが、いえいえ、十分にお話をなされていたと私は思います。握った、そして握り返された手で!お母様と!その証拠に…「子供や孫の体調を心配しながら」と今現在、お母様の「願い」を汲み取っておられるのですから。南無阿彌陀仏。合掌高科修
@@buddhism_japan 様優しく、前回のメールを覚えて頂き、温かい言葉をありがとうございます。母は利他の人でした。自分はさておき、父のため、子供のため、孫のため。少しでも返せたのかなと不安になっていました。そんな想いをほっとさせて頂きありがとうございました。
今晩しんせきの、おばさんが、おつやのひに、むすこの、かのじよお、いえまでおくつていつたん、ですけどすぐ、かえつてきました、なんにも、おつやのとき、おくつていかな、かつたらよかつたのに、なんにもいみ、がなかつた。
tiara Kansai様自分自身の思い。心の中の思い。それを書いたり、言ったりすることは大切なことです。それが自分自身が腹を立てていることなら、なおさらです。どうぞ、書くことで、少しでもtiara Kansai様の気持ちがおさまるのなら、どうぞどしどしお書き下さい。ちゃんと読んでおります。合掌高科修
おつやのとき、むすこの、かなじよう、いえまでお、くつたのがはらたつ、なんにもいみなかつた、とおもいます、ましておつやの、ひにおくつて、いかなかつたらいのに、どおもいました、みぐかえつてきた、からかのじ、よくはらたつのです。
tiara Kansai様なかなか人は…自分以外の人は…自分の思い描く通りには動いたり、考えたりは、してくれません。ある意味、それは仕方の無いことなのだと思います。だって、自分自身でさえ、時と場合によっては思い通りに行動できないのですから。私たちが生きている世界を「娑婆」と仏教用語で申します。娑婆とは、思い通りにならない世界という意味です。まず…そこから考え始めてみませんか…腹が立つお気持ちは無くならないかもしれませんが、少しは何かが変わるかもしれませんよ。合掌高科修
述禿 釋 完修 なんまんだぶ なんまんだぶ なむあみだぶつー
りんりんりんCHIP様視聴、コメントありがとうございます。「愚禿釋親鸞」その「禿」の字を使い「述禿釋完修」と記述して頂き、誠にありがとうございます。光栄と共に、気はずかしさを感じております。「禿」この字を心して、ますますの精進に邁進して参ります。追伸りんりんりんCHIP様のコメントに…卒業論文の題名が「愚禿の名告り」であったことを思い出しました。懐かしいことを思い出させて頂けたこと。感謝致します。ありがとうございます。合掌高科修
長崎県佐世保市から視聴させて頂いてます。
この法話を視聴してコメントせずにいられなくなりました。
私は55歳で独身です。
母は令和元年5月7日、父が令和5年11月6日に亡くなりました。
両親とも先祖代々真宗大谷派の門徒です。
母は晩年肺がんで入退院を繰り返しておりました。
亡くなる2週間前から食欲もなかったのですが自分が食事時間帯に病院に行った時には
おかゆをスプーンにすくい口に運ぶと食べてくれてました。
食べながら母はいつも『おまえもご飯は食べよるとか?』と言ってました。この法話と同じです。
息を引き取る数時間前に眠っていた目をカッっと見開き30秒ほど私を見てました。
言葉は発しませんでしたが私には
『しっかり生きろ!』と言われてるように感じました。
高科さまが法話でお話しされてる『その命尽きるまで諦めず、投げ出さず、腐らずに生き抜け』と
母も言ってたのだと、お坊さんの小話の動画を見るようになって気づきました。
昨年父も亡くなりました。
先日父と母の遺骨を一緒に納骨しました。
母の遺骨を父が近くに置いておきたいと言うもので当時の住職に相談しました。
住職は『それは全然構わない。しかし本当に親父が亡くなるまでだぞ!途中でやっぱり納骨しますは許さないぞ』と
やっと2人一緒に納骨できました。『仲良し夫婦だったからこれでよかった』と現住職がおっしゃてました。
これからも動画を楽しみにしております。
御身体には気を付けてください。
自分も阿弥陀如来に念仏を唱えながら先人たちに今こうして生きているといううことに
感謝しながら生きていこうと思います。
長い文章になって申し訳ありません。
南無阿弥陀仏
辻雅彦様
ご視聴、コメントありがとうございます。
大切お母様とお父様とのお別れ…そのお別れに際し、文面で失礼とは存じますが、一言、お参りの言葉を申させていただきます。
『たいへんお寂しいことになられました
南無阿弥陀仏』
おまんな(お前)
食べとるか……
この言葉に代わる、親の愛を語った言葉は存在しません。
おまんな(お前)
食べとるか……
この言葉に代わる、親の深い願いこもった言葉は存在しません。
それほどの、
大きく深い願いなのです。
世界中のどの親も…
誰ひとり漏れることなく我が子を
おまんな(お前)
食べとるか……
と願っています。
その願いは、人が人として生き始めた遥か昔から脈々と受け継がれての今日(こんにち)であります。
辻雅彦様。
どうぞ、辻雅彦様のその時が来るその瞬間まで、
辻雅彦様が感じる『大きな深い願い』につつまれながら、辻雅彦様の人生を生き切っていかれますことを、切に願っております。
南無阿弥陀仏
合掌
高科修
よいお話し有難うございます。まだまだお話しをお聞きしたいです。
三村勲様
ご視聴、コメントありがとうございます。
今現在、300本の動画が配信済みであります。
どうぞ、時間のあります時に、ご視聴下さいません。
よろしくお願い申し上げます。
南無阿彌陀仏
合掌
高科修
とても、心に染み入るお話、ありがとうございました。
A・シキミ様
ご視聴、コメントありがとうございます。
お言葉を励みに、ますますの精進に努めます。
南無阿彌陀仏。
合掌
高科修
昨年突然死した母について、未だ、優しくできなかった私、毎日後悔の念ばかり蘇り、苦しい日々です。ためになるお話し、突然死だったため、なんにも、最後の話しできませんでした。どうして、あの時、おかあさんに、優しくできなかったかくやまれてます。大事なお話しありがとうございます
フリージア薫様
始めに…
大切なお母様がお亡くなりになられましたこと、文面で失礼とは存じますが、お参りの言葉を申させて頂きます。
「たいへんお寂しいことになられました」
フリージア薫様。
辛く悲しく寂しい日々をおくられていらっしゃること、私ごときがご推察いたすにはあまりにも失礼かと存じます。
けれど、深い深い悲しみと後悔の念にさいなまれておられるであろうことは十二分に感じることはできます。
だからこそ…
お伝えしたいこと、知っておいて欲しいことがあります。
たとえどれだけお母様に、全力で優しくしていても、どれだけ全力で看病をしていても、それこそ身を粉にして尽くしたとしても…
愛した人、愛された人、大切に思った人、大切に思われた人が亡くなったなら…
もっとあーすれば良かったんじゃないだろうか?
こうも出来たんじゃないだろうか?
もっと話を…もっと優しく…と、それこそきりのない思いが頭どころか、身体中を駆けめぐります。
「後悔・懺悔」しないことなど、決して誰にも出来ないことなのです。
そのことをまず知っていて欲しいのです。
その上で、どうか自分を責めないでください。
「優しくできなかった私」と、どうか責めないでいて欲しいのです。
なぜなら…
もしフリージア薫様、あなた自身がお母様より先に亡くなったとします。
どうでしょうか?
遺されたお母様に
「自分を責める」ことを望むでしょうか?
「自責の念」にさいなまれて生きることを望むでしょうか?
「後悔の念」で苦しむことを願うでしょうか?
それより、フリージア薫様は、遺されたお母様のことが心配で心配でたまらないのではないのでしょうか?
それはお母様だけではないはずです。
自分が先に亡くなったなら、娑婆に遺してきた、夫がいるのならその夫。
子供がいるのならばその子供。
兄弟、友達…
大切で大事な愛する遺してきた人たちが心配で心配でたまらないのではないのでしょうか?
ちゃんとご飯は食べているだろうか?
私(子供)が亡くなって、遺された親は悲しみのあまりに自暴自棄なってるのではないだろうか?
遺してきた子供はちゃんと一人前の大人になれるだろうか?
等々…心配でたまらないのではないのでしょうか!
全力でお母様に優しくしていても、何をどう尽くしていても「後悔」はしてしまうものなのです。
それが大切な愛する人を亡くした、遺された者のある意味、必ず起こる気持ちなのです。
だからこそ今、フリージア薫様が、手を合わせ心に湧きたたせる思いは、
「お母様。心配していて。その心配が心配でないように!大丈夫!
辛く悲しく寂しいけれど、私はしっかり生きていくから!人に優しく生きていくから!」
とお母様のお気持ちを汲むことにあると思います。
そんなことは…
亡くなった人が私を心配しているなど…
信じられない。
と言った人がいます。
でも、きっぱりと、ハッキリと私は申します。
「心配している!」
のだと。
なぜなら、それが「親」だから!
実母であろうが義母であろうが、「親」と名のつく存在は「心配」をするものなのだから!と。
フリージア薫様。
浄土真宗では亡くなった方を「大きな願い」そのものになった(それを仏と呼びます)と説きます。
後悔はなくならない。
悔やむ心はなくならない。けれど、その後悔で苦しまないでください。
苦しむより、その後悔をもちながら、亡くなったお母様の…
「遺された者たちが、仲良く優しく、そして、何があっても自身の人生を生き切っていって欲しい」
という「願い」を汲み取って頂き、その願いを汲み取りながら、一歩一歩ゆっくりとフリージア薫様ご自身の人生を歩んで行かれることを、切に願っております。
合掌
高科修
@@buddhism_japan ありがとうございます。お彼岸と言うことで、身内集まりにこにこでお墓参りできました。母よろこんでくれていると思います
母の最後の言葉を、僧侶さんの口をお借りして聞けた思いです。ありがとうございます🙏
月乃蓮様
『最後の言葉を聞く』…
それはある意味不可能なことかも知れません。
なぜなら、話す力があるのなら…
話すことが出来るのなら…
人はまだ生きていられるのですから。
手を握り、ありがとうと告げて、息をひきとる。
それは映画やドラマの中の出来事です。
命を燃やし命を生き切った人間には、その最後の言葉を言う余力さえなく命を生き切るのですから。
しかし…
しかしながら…
この不可能は、実は可能なのです。
可能どころか、お母様の最後の言葉は、月乃蓮様が生きている間中、月乃蓮様のその時が来るその瞬間まで、月乃蓮様を包み混み、月乃蓮様を願い続けているのです。
信じられませんか?
そんなことは嘘だと思われますか?
いえ、決して嘘ではありません。
その証拠…
その理由…
その証明…
のお話があります。
返信で文章で書きますと、恐ろしく長文になってしまいます。
ですので、お願い致します。
本当にお願い申し上げます。
時間をおとり頂いて
法話『生活と浄土』富山別院 秋季彼岸会 2022年9月23日
th-cam.com/video/s9wmyFDHtBc/w-d-xo.html
の動画をご視聴頂ければと願っております。
最初はこの動画と同じお話が始まります。
けれど…そこから、さらに私が愛する人、私を愛してくれた人が、私を願ってくれていることが、腑に落ちていただけるお話と続いてまいります。
どうか、よろしくお願い申し上げます。
合掌
高科修
@@buddhism_japan さん
拝聴させていただきました。
ありがとうございます🙏
とても 心にしみるお話 ありがとうございました。
私の両親が亡くなって20年以上経ちますが 父親の最後は 酸素マスクの中で一生懸命 何かを言っておりました。
母親の最後は 意識もない状態でしたが 「ありがとう」と……
2人とも 若くしてこの世を去りました。きっと 残された 一人娘の私の事が心配でならなかったと思います。
母のお通夜式では 叔母たちと色々ありました。亡くなってからも私は 母親に心配をかけてしまっていました。親が元気なうちは けんかもし、親を泣かせた事もありました。居てくれる事が当たり前に思っていました。
以前の動画でもありましたが 当たり前などない。
両親を亡くし、今 自分が母親の立場になり初めて 母の気持ちがわかります。
子を思う 親の気持ち。
今回のお話をお聞きし、両親との最後の時間、昨日の事の様に 思いました。
親がどれだけ 子供の事を思っているか……きっと 私同様、私の子供達も 今はわからないと思いますが あの子達が親になり 初めて 気づく……
心にしみるお話、胸が熱くなりました。ありがとうございました。
さくら🌸様
『きっと 私同様、私の子供達も 今はわからないと思いますが あの子達が親になり 初めて 気づく……』
それで良いのだと思います。
いえ…そうでしかないのです。
そして、今!自分が親として子を心配し叱り愛するそのことが、
「そのこと」を
「その時」に
遺された私(子供)に気づかせてくれるのです。
『生きている私は…生きている限り…親(仏)の願いの中で生きている』
このことに。
親鸞聖人は「信心決定」という言葉を使われます。
「信じきる」
という意味です。
では、信じきるとは何をどのように信じきるのでしょう。
それはまさしく
『生きている私は…生きている限り…親(仏)の願いの中で生きている』
このことに他なりません。
親が子を思い。
その思われた子がまたその子を思う。
またその思われた子がまたその子を…
そして気づくのです。
子を思う私(親)も子として思われている事実に…
この果てし無い過去から現在、未来に向かって続いていく未来永劫の思いの連鎖(無量寿)の中で生きている私。
こう信じきって自分の人生を生きていくそのことを「信心決定」と親鸞聖人は申します。
ただ世の中には、このことを信じきれない方々が居るのも事実です。
不思議です。
ある意味…自分が信じていなくても
『生きている私は…生きている限り…親(仏)の願いの中で生きている』
ということは事実であり真実でありまぎれもないことなのに!
だからこそ、この真実に気づいたならば、信じきれたならば、自分自身が生きている人生が「素晴らしく素敵なもの」として感じて行けるのです。
毎日が「当たり前でない」と。
さくら🌸様。
さくら🌸様のコメントの南無気づけ阿弥陀仏気づきましたは、素敵な南無阿彌陀仏です。
合掌
高科修
南無阿弥陀仏
ありがとうございました。
とし爺様
たとえ自分が何歳(いくつ)になっても、親は子を心配するものです。
そのことは、自分が親になっているならば当然の事のように理解できるはずです。
いえ、理解どころか、それはもう本能として親の心にあるものです。
私たちは、自分が親になり、歳を重ねると、自分が「子」であったことを忘れてしまいます。
大きな深い愛に包まれて、願われて生きていることを忘れてしまいます。
とし爺様。
共に、深い愛に願われて生きていることを、忘れずに生きていきましょう。
合掌
高科修
いつもありがとうございます
tiara Kansai様
こちらこそ、いつもご視聴、コメントを頂き、ありがとうございます。
感謝しております。
合掌
高科修
何があっても寿命が来るまで生きなければ‼️ ありがとうございました。
aikane35ify様
「何があっても寿命が来るまで生きなければ」
aikane35ify様のそのお言葉が、なにをおきましても私の喜びであります。
そしてこのお坊さんの小話の動画を配信している「願い」でもあります。
aikane35ify様。
ありがとうございます。
合掌
高科修
僧侶の方々、この真剣勝負が日常だと思うと、
ホントに大変、責任重大な職業ですね。
(職業って単語は何か違うけど...)
どう生きていけば良いのか。
毎日ではありませんが、自問自答です。
生前の母が、言ってました。
> 先生と名のつく職業、世間知らずが多い。
> そうなったら、あかんよ。
> 肩書きに負けない、立派な人に成りなさい。
> 肩書きを外したトコで、一流で在りなさい。
> そう、お父さんみたいに。
大学教員になった当初の私への言葉でした。
肩書きが進むにつれ「負けない」ためには
人として、より大きなモノが不可欠になります。
まったく、酷なこと言ってくれましたわ(笑)
そんな母も、
>> ただただ息子の出世を願っていた
のだと、母を慕った妹分に教えて頂きました。
「そんな風にも思ってくれてたんだ」と驚きでした。
(出世欲が無い異端児、そこそこで許して下され)
一方、晩年の父は、1人息子の私に、
ただただ、いつも感謝を伝えてくれてました。
この法話の配信日、それは3.11でした。
# 11年前、津波被災地で流した汗と涙
# 毎晩通った近所の避難所と、人の輪(和)
# 20km圏内の汚染地域への一時帰宅支援
行動記録と感情は、当時のSNSに記しており、
(Facebookではなくmixiの時代でした)
この時期になると、記述を毎年振り返ります。
2011年の過去が、現在になり、また涙します。
日記には、ただただ利他的な欲求の赴くまま、
躊躇なく存分にやった思いが赤裸々です。
過去の自分の記述は、今の自分への問いなのです。
私は、父と母に認めてもらえる立派な人間に
成れてるいるのだろうか...
答えは分かりませんが、胸を張って言えます。
「ここ数十年、大きくなろうと、頑張ってるよ」
鈴木@新潟 50歳
P.S.
先日「避難所の長(市の部長さん)」に
ひょんな事から11年ぶりに再会し、
人間名刺をお渡しすることができました!
.
202 BEAM 様
『私は、父と母に認めてもらえる立派な人間に
成れてるいるのだろうか..
答えは分かりませんが、胸を張って言えます。
「ここ数十年、大きくなろうと、頑張ってるよ」』
お父様やお母様に向けての、この202 BEAM 様の言葉こそが、まぎれもなくお父様とお母様が202 BEAM 様に「望んでいた願い」です。
いえ、今現在も「望んでいる願い」です。
『私は、父と母に認めてもらえる立派な人間に
成れてるいるのだろうか..
答えは分かりませんが、』
この言葉には、傲慢さも自惚れも、卑下も、謙虚も、それらは微塵もありません。
この言葉は、自らの生き方を、自らに「問う」という「人生を生き切る」という生き方に必要不可欠な「自覚」の思いです。
『胸を張って言えます。
「ここ数十年、大きくなろうと、頑張ってるよ」』
この言葉は、「今を一生懸命に生きている」という「告白(宣言)」です。
この2つ!
「自覚と告白(宣言)」
のセットがあればこその「南無気づけ阿弥陀仏気づきました」の「南無阿彌陀仏」になります。
子の出世を願うのは、ある意味…親心です。
しかしながら、出世を願う親心を持つ「親」自身でさえ、親の願う(親心)の深層の願いに気づかずにこの「出世」の言葉を使っている(願っている)のです。
その深層の願いとは…
それはとりもなおさず…
出世した肩書きに相応しい人間。
出世した肩書きに見合った人格、教養、知識、見識、品格を持った人間。
言うなれば…
「大きな人間」
になって欲しいという願いです。
親の願いは、その言葉の表す出世ではありません。
出世の言葉に必ずあるはずの「人としての大きさ」を求める願いです。
故に、202 BEAM 様の「自覚と告白(宣言)」にお父様お母様の願いを汲み取って生きている!とお話をさせて頂きました。
202 BEAM 様。
この「自覚と告白」は、以前もお話を致しました通り、波打ち際に書いた字です。
絶えず意識していなければ自分の中から消えてしまいます。
それはこの返信を書いている私(高科修)も同じです。
故の日常の真剣勝負の意識です。
どうぞ、202 BEAM 様におかれましても、共に真剣勝負の意識で生活されますことを切に「友」として願っております。
この返信を書いている最中に…
宮城県・福島県で震度6強の地震のニュースが入ってきました。
「2011年の過去が、現在になり、また涙します」の202 BEAM 様のお言葉が、まさに胸に刺さります。
誰もが無事であって欲しいと願わずに祈らずにはおれません。
新潟県の停電のニュースも入ってきました。
202 BEAM 様。
ただただ心配しております。
追伸
「過去の自分の記述は、今の自分への問いなのです」
素敵な言葉です。
「人間名刺」
さっそく役にたちましたね。
合掌
高科修
>新潟県の停電のニュースも入ってきました。
長岡は震度4でした。
(にもかかわず、寝てて気づかず...)
朝から、研究設備の被害状況の確認に追われてます。
体はもちろん、大きな問題は無さそうです。
まずは、連絡まで。
返信ありがとうございます。
下記、長文・乱文、失礼します。
自分のカキコミ後、ソレを読み返して、
なぜに書いたのか、はっきりしませんでした。
>自覚と告白(宣言)
なるほど、コレが深層心理だったのですね。
私への意識付け、感謝申し上げます。
ううむ、自己分析能力が足りてませんねぇ。
繰り返しで、伸ばしていくしか無いですね。
文章化で、思いが明確になるのは有意義です。
今の自分に対する、自覚の鮮明化だけじゃなく、
未来の自分が、振り返る資料にもなります。
告白が持続・退化・進化してるか否か、と。
ここ20年、インターネットの普及により、
友人へのe−mailや、SNSでの記述として、
自分の思考が、PC内に全部残ってます。
残る、残せる、残ってしまう...
裏を返せば、後の自分が自発的に、
見る、見れる、見れてしまう...
です。ここ数十年、私が繰り返す方法です。
両親の語った内容は、まさに「願い」ですね。
両者が結びついたのは、最近の事です。
(ご住職のお陰でございます)
私は、その中で、生きている、生かされてる。
>波打ち際に書いた字
はい、絶えず意識していきますね。次の数十年も。
>お父様お母様の願いを汲み取って
>生きている
第三者的に見れば、汲み取れてると思います。
でも、その能力(思考回路)を、この私に、
植え付けてくれたのは、まさしく両親ですね。
(もちろん、今までの周りの方々・環境も)
腐らせず育て続けた私自身も、誇りです。
>出世、と言う言葉の深層の願い
おぉ、なるほど!
肩書きに見合う大きさ、その通りですね。
私もいずれ、我が子供達に、願うのでしょうね。
そして「両親の言葉」を、相続してくのでしょう。
大学で、助手→准教授に昇進した時のこと。
本人は「年貢の納め時」と観念だったのですが、
両親が、非常に喜んでくれたのは、驚きでした。
親心を、知りましたねぇ。
>故の日常の真剣勝負の意識です。
納得です!!
>地震
11年前の避難所の方々の地元、東北大の仲間、
いずれも震度6強...
脳裏に焼き付く大学院時代の阪神大震災、
新潟中越地震の倒壊家屋と復旧作業の日々、
いろんな事が頭をよぎります。
それでも... 人は逞しいのですよ...
近い将来の、避けられない巨大地震、
最小限被害で済む時間帯でありますことを。
P.S.
この文章を読む将来の自分へ。
「50歳の俺、立派やん」で済ませんなよ。
この、過去の記述に対して、批評できる点、
成長できてる部分はちゃんとあるか?
自分の問いに、自分で答えろ。
.
昨年母を手を握りながら見送りました。
最後は意識が混濁し、十分に会話が出来ませんでした。
ただ、子供や孫の体調を心配しながら逝きました。
三宅様
手を握り、ありがとう、ありがとうと声をかけながら見送れたのでしたね。
穏やかに旅立って欲しいと接しておられた三宅様は、大切な愛するお母様を。
三宅様がしっかりと握っていたお母様の手。
そのお母様の手は…
間違いなく、しっかりとまた力強く握り返されていたことであると私は確信しています。
それが現実として我が手に感じなくても。
しっかりと力強く握り返されているのです。
なぜなら、お母様は「子供や孫の体調を心配しながら…」だったのですから!
そしてその心配というお母様の「大きな愛」は、今も、これからもずっと、遺った子供や孫に注がれ続けているのです。
三宅様は、
「最後は意識が混濁し、十分に会話が出来ませんでした」
とお話になられておられますが、いえいえ、十分にお話をなされていたと私は思います。
握った、そして握り返された手で!
お母様と!
その証拠に…
「子供や孫の体調を心配しながら」
と今現在、お母様の「願い」を汲み取っておられるのですから。
南無阿彌陀仏。
合掌
高科修
@@buddhism_japan 様
優しく、前回のメールを覚えて頂き、温かい言葉をありがとうございます。
母は利他の人でした。
自分はさておき、父のため、子供のため、孫のため。
少しでも返せたのかなと不安になっていました。
そんな想いをほっとさせて頂きありがとうございました。
今晩しんせきの、おばさんが、おつやのひに、むすこの、かのじよお、いえまでおくつていつたん、ですけどすぐ、かえつてきました、なんにも、おつやのとき、おくつていかな、かつたらよかつたのに、なんにもいみ、がなかつた。
tiara Kansai様
自分自身の思い。
心の中の思い。
それを書いたり、言ったりすることは大切なことです。
それが自分自身が腹を立てていることなら、なおさらです。
どうぞ、書くことで、少しでもtiara Kansai様の気持ちがおさまるのなら、どうぞどしどしお書き下さい。
ちゃんと読んでおります。
合掌
高科修
おつやのとき、むすこの、かなじよう、いえまでお、くつたのがはらたつ、なんにもいみなかつた、とおもいます、ましておつやの、ひにおくつて、いかなかつたらいのに、どおもいました、みぐかえつてきた、からかのじ、よくはらたつのです。
tiara Kansai様
なかなか人は…
自分以外の人は…
自分の思い描く通りには動いたり、考えたりは、してくれません。
ある意味、それは仕方の無いことなのだと思います。
だって、自分自身でさえ、時と場合によっては思い通りに行動できないのですから。
私たちが生きている世界を「娑婆」と仏教用語で申します。
娑婆とは、思い通りにならない世界という意味です。
まず…
そこから考え始めてみませんか…
腹が立つお気持ちは無くならないかもしれませんが、少しは何かが変わるかもしれませんよ。
合掌
高科修
述禿 釋 完修 なんまんだぶ なんまんだぶ なむあみだぶつー
りんりんりんCHIP様
視聴、コメントありがとうございます。
「愚禿釋親鸞」
その「禿」の字を使い
「述禿釋完修」と記述して頂き、誠にありがとうございます。
光栄と共に、気はずかしさを感じております。
「禿」この字を心して、ますますの精進に邁進して参ります。
追伸
りんりんりんCHIP様のコメントに…
卒業論文の題名が
「愚禿の名告り」
であったことを思い出しました。
懐かしいことを思い出させて頂けたこと。
感謝致します。
ありがとうございます。
合掌
高科修