現代語訳 朗読 大乗仏典 妙法蓮華経(法華経) 如来寿量品第十六

แชร์
ฝัง
  • เผยแพร่เมื่อ 18 ม.ค. 2025

ความคิดเห็น • 6

  • @taroupc95
    @taroupc95 3 หลายเดือนก่อน

    法華経は人を助ける心、人間の善心を引き出すための方法を教えたお経ですね。人間は何のために生きているのかを考えさせてくれます。

  • @usppr9804
    @usppr9804 4 ปีที่แล้ว +2

    ありがとうございます🙏🏻

  • @ching-luehchang8256
    @ching-luehchang8256 5 ปีที่แล้ว

    南無大乘妙法蓮華經!

    • @aidahopoteto5723
      @aidahopoteto5723 5 ปีที่แล้ว

      そうではありません。「南無一乗妙典」あるいは「南無妙法蓮華経」。指すところの意味は同じであるが唱え方としては法華経では「南無妙法蓮華経」である。
      またこの如来寿量品第十六の現代語訳は正しい現代訳語ではありません。たとえば「三請不止」とは此処の訳のように「三度願い出た」だけでは無く、本当は「三度請うて止まず」だから四度目も請うたとするのが正しい。このような誤りがこの訳には散見される。このような少しの誤謬がまったく正道を失するものであることをしらねばならない。

  • @しんさま-q2e
    @しんさま-q2e 5 ปีที่แล้ว +5

    釈尊の教えは3,000年以上の間にあらゆる数えきれない賢者が其々に解釈し、経を残した。又その経を幾千万の賢者が其々に解釈し解いた。しかし未だ答は一つにまとまらず、難解にして答ををいたずらに増幅させるだけである。如何にもその様に釈尊は意図的に説いているのだ。明快なるなに人も納得のいく答えなど出ないようにしており、各自に考えるより、我の行いを実践し、体現する以外この教えは理解出来ない様にしているのだ。と言いたげでわないか。何故なら釈尊の教えを理解すると人々はそれで納得して終わる。釈尊の真意は現に実践して貰うのが願いだからである。釈尊の真意を知りたいのなら先ずは多くの人々に現に福運をもたらせ、或いはその為に時に方便を酷使し時に方便を間違った知恵者に卑下され、そうした苦悩に満ちた境涯を体現して、法華経を読めば自ずと理解出来る様に仕組まれている釈尊の一大方便こそ真意である。