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本日も動画をご覧いただき、ありがとうございます!!11月は重大な発表がたくさんありますのでよろしくお願いいたします!!!!限定グッズ終了まであと数日!!TOLAND VLOG初の!!公式グッズはこちらからご覧いただけます→ tolandvlog.thebase.in/サム・マサキ・くどぅのメンバー全員で制作した限定シャツもございますので、是非チェックしてください!(特におすすめは御朱印書とサム・マサキのぬいぐるみです)各メンバーのSNSも要チェックでっす!!TH-cam消された時のために絶対にフォローしてください!!【語り手サムのSNS↓】linkmix.co/6994400【聴き手マサキのTwitter↓】twitter.com/happypunk8【事務局長くどぅのTwitter↓】twitter.com/DesignShaft国際情勢や文化、近代史を伝える姉妹チャンネル『知らないセカイ』はコチラ↓youtube.com/@shiraseka?si=G9kwu0RAQB7HOSkjコメント欄の感想は、とても嬉しいので是非!たくさん書き込んでくださいませ!!
大国主と津軽外三郡史はあんまり取り入れん方がいい。時代が違う話がごっちゃになっている。徐福がきたのは、秦の始皇帝の時代。つまり、出雲口伝は太古の話を使ってかなり時代を下ったときの説明をしているように思える。
春夏さま出雲口伝でも、徐福の到来はおそらく二度目が紀元前219年ごろ、三度目が紀元前210年ころと、はっきり書かれています。中国の史記より、参照してあります。ここから計算して、ヤマト政権の成立が、紀元前2世紀ごろとなっています。
出雲口伝は各ネタが威力が大きすぎて、扱いに慎重さが求められますが、なんとか大勢の方に受け入れてもらえるようにソフトに丁寧に、面白くお伝えいただければと思います。今後ともよろしくお願いいたします。
10月末に巨大地震が来るとかいう要らんことを発信している人がいるらしいので11月まで待てません!(笑)
この富家系?の作り話はワンダフルで、娯楽作品としては楽しめますが、史実と考えようとすると無理があり、失笑ものですね。まず、最も致命的なのは、古代の日本は妻問婚の母系社会だったという認識が欠落してしている点です。作者が不勉強!皇室の祖先を、男神ではなく女神とするのは、妻問婚社会のルーツを辿ると、どのような高貴な家でも母方の家に行き着くからです。天武天皇が皇統を産み出した最も尊い母方の家として、神功皇后の血統=息長氏を真人のカバネの筆頭=藤原氏よりも上位の公家のトップに据えた事実は誰にも変えられません。神功皇后ゆかりの日の巫女の神道を母系継承し、皇祖母神・天照大神の神託を下す家=息長庄の姬姓斎皇家が、祭政一致体制の日本を導いていた時代があったのです。斎皇家を起点に、妻問婚社会だった事実を踏まえて、皇統のルーツを語れていない時点でアウトです。さらに大失敗なのは、徐福が求めた水銀朱は四国と紀州で産出しますが、出雲では出ないことです。九州でも出ません! そのことを知らない情報弱者が捏造した偽史だと丸分かりの状況ですね。作者の方には、もう少し勉強して欲しいと感じます。徐福は、秦始皇帝と姻戚関係を結んで、嬴姓の傍流を表す瀛姓を賜り、日本列島に戦争孤児や難民を引き連れて来て、各地に入植しています。その結果日本は瀛州と呼ばれるようになりました。しかし、お目当ての水銀朱が出ない出雲でクーデターなど起こしていません!もしも、そんな悪事を働いて中国大陸に逃げ帰ったのなら、彼の瀛姓が後世に日本の呼称として残ることはありません!なにしろ、日本には古くから畏くも世界最強?の日の巫女の王の一族、息長氏の姬姓斎皇家がいて、何人も太刀打ちできないのですから。若干13歳の壱与がなぜ、卑弥呼亡き後、男王達が争う騒乱状態になった倭国を再統合できたかと言うと、今日に合気道として伝わる手乞の技の達人で、その神威=気の力=精神感化力が凄まじくて、すべての男王が呆気なく打ち負かされてしまったからです。息長氏の姬姓斎皇家は現在も残っていて、その無類の強さを確認できます。斎皇家に妻問婚する資格を持つ筆頭は、かつてシルクロードの交易を家業とした、屈強なシュメール→ペルシャ系=コーカソイド系の秦氏の男衆で、現在の総領は身長197センチ体重170キロ弱もある、プロレスラーと見間違えるような体格の人物です。ところが、斎皇家の斎女達と道場で試合をすると、手乞の技で呆気なく投げられてしまいます。合気道系の技は強さと体格がほぼ関係ないため、ストロンゲストマンコンテスト優勝クラスの体格をしていても、勝負にならないのです。そんな最強の斎皇家に、徐福達ならば勝てたかと言うと…まずあり得ませんね。もし勝てる勢力がいるのなら、壱与は倭国を簡単に再統一できなかったでしょう。斎皇家は大家族制の御三家で構成されているので、斎皇は常に三人以上。30歳になる前に引退するので、太上斎皇は9人以上。斎皇の代役として各種神事を行う斎皇代や斎女は数十人もいます。たった一人で倭国の乱を鎮められる壱与様と同レベルの、一騎当千の日の巫女の集団に、いったい誰が勝てるのか…謎すぎます。(笑)誰も勝てないから、天照大神を祭祀する斎皇家から皇室が生まれたのです。さらに、斎皇家に妻問婚する秦氏の男衆は、外家の者も含めて、特殊部隊八咫烏千人衆を組織しています。シルクロードを踏破できるように修験道で鍛えられた、身長190センチ以上体重130キロ以上もあるコーカソイド系の、天狗と呼ばれた八咫烏衆の千人を相手に、徐福達が勝てる筈がありません。そもそも徐福は、秦氏の支配階級の交易商人に仕える、商品となる鉱物資源を調達する金山師なので、八咫烏千人衆よりも一段格下のグループの者なのです。交易の旅をしている秦氏のトップは動き回るので、商業拠点や鉱山の統治は、配下の者に任せるのが通常です。そんな立ち位置の徐福が、頼りのスポンサー相手にクーデターを起こせるのか謎です。大人しく統治していれば金に困らないのに、わざわざ王にしてくれた支援者の大商人達と揉め事を起こす意味がありません。秦氏の大商人達は人を見る目が確かですから、反乱を起こすような者に、妻子がいる大切な日本列島の統治を任せたりはしません。だいたい、大和王権は淡路島の鉄器工房が始まりです。淡路島の鉄器工房から、三輪山の麓へと移動したことが考古学的な発掘結果から判明しています。その後、出雲の方が武器の生産に適した砂鉄が得られることが判明したので、大和から出雲へと職人たちが自主的に移動しているのです。出雲が栄えたのはそれからです。出雲風土記には、“八岐大蛇”を退治した物語が出てきません。素戔嗚は秦氏の祖先神で、鉄穴流しによって土砂が堆積して氾濫するようになった大和川を鎮めた“大和の大蛇”の伝説が、出雲に運ばれて行ったのです。その逆はあり得ません。神功皇后や継体天皇を輩出した斎皇家は、唐の日本列への侵攻に備えて、天武天皇の遁甲の発想で隠されたので、それ以降、息長氏は歴史の表舞台に出てきていませんが、今日まで神功皇后ゆかりの日の巫女の神道と、皇祖母神・天照大神の神託を下す神事を伝えています。斎皇家の存在を無視した、様々な発掘結果とも合致しない作り話など無効です。口伝は、お爺さんお婆さんの作り話というケースが多々あるので、発掘結果と一致しない考古学的に矛盾がある話は、ほぼフィクションと見るべきです。山東半島の付け根付近に、秦氏の交易拠点として栄えた臨淄があり、2500年前のコーカソイド型の人骨がかなりの割合で出土しています。そのDNAと現在の秦氏の支配階級のDNAが一致するので、この土地で素戔嗚を蚩尤の名で奉斎していた、シルクロードの西から来た交易商人の集団がいたことは裏が取れています。もちろん、徐福もこのグループに所属する金山師で、四国と紀州に到着して水銀朱を得たことが、斎皇家に伝わります。素戔嗚はシルクロードの西ではエンリルやバアルやルドラ・シヴァとして信仰されていました。それから、秦氏はユダヤ教徒ではありません。ユダヤ教徒はバアル=素戔嗚を「蠅の悪魔の王」と罵ります。秦氏はバアルを祖先として今でも大切に祀っています。両者の祖先神に対する態度は正反対です。活動範囲が被っていても同族の筈がありません。斎皇家の斎女達は、秦氏系の配偶者=夫のことを今でも「バアル」=主人と呼んで、表向きは立てます。蠅の悪魔とは認識していないので、ユダヤ教徒でないことは明らかです。ユダヤ教が成立する以前の古い精神文化が日本に入って神道と習合していますが、一神教のユダヤ教やキリスト教は神道と習合できていない事実が存在します。秦氏ユダヤ教徒説は現実と噛み合わない作り話です。あまり変な情報を流布していると、秦氏の総領様=FinE Chevalier皇配殿下から経済制裁を受けることになるかもしれません。他人の家に関する偽史を流布して、日本人のアイデンティティーを歪めて迷惑をかけるのは控えたほうがよろしいでしょう。もちろん正史の三国史に対して娯楽作品の三国志演義があるように、楽しめる歴史物語としてなら許容できるのかもしれませんが。
紀伊半島三重県南部の紀北町辺りでは今でも「めちゃくちゃ反抗的な態度と行動をする事」を「ヒボコる」と言ってます。
貴重な情報ありがとうございます。尾張、吉野、熊野など三重周辺は古代史と関わり深いですよね。
おもしろい今の時代に伝わってるね
伝承本と一致してるのが、面白いですね。うる覚えですが、松江のホーランエンヤという祭も、出雲族が攻められたときか、大名持が◯されたことを忘れないために始まったとか、そういうのありますよね。
え、すごすぎる...‼️
面白いですね!貴重な情報です。
もうもう いつも説明に脱帽です🎉🎉まとめるのも 話すのも大変なのに 分かりやすく本当にありがとう御座います🙏 今だから考察できる、それを聞ける時代に生まれて良かったと思います✨いつの時代も戦いがありますが、日本書紀、古事記を作り広めて 平和的に(?)神話を作り穏やかな日本人へ・・と、促し続けたのは 凄い国力、努力の賜物ですね〜 和を重んじる日本人♡好きです
大きな和を成して生きていたはずの出雲族が、渡来人達によってどんどん争いの方向にいってしまうのが悲しいですね、出雲口伝は……女性を表す銅鐸から男性のシンボルである銅剣に変わったことが争いの時代になったことを示しているようです。時代の流れの中では必要なことだったのかも知れませんが、そろそろ和をもって貴しとなす時代に戻りたいですね。たくさんの人の話を聞いて統治する耳の王が世界中に必要だと思います。
お前はなにを言っているんだ女性は基本的にたくさんの人の話は聞きませんよ自分の話を聞いてくれる人だけを集めるんですただそれは統治とは言わないぞ!!!!それを履き違えた人間が、多様性が何だの、処女が何だの・・と言ったところで所詮は、宗教と施政の見分けすらつかない(コイツは幼児退行を続けたいマザコンなんだな)としか僕は思えないなので、君が王を欲するのであれば、王に値する人間の参謀をやるべきだ
消されたのはY遺伝子でなくミトコンドリアDNAの方かと思えます。
諏訪近辺に住む私にとって、出雲口伝の内容は、特に伊勢や尾張、諏訪大社周辺の神社や遺跡にまつわる伝承の何たるかにも濃厚にかかわる部分もあり、また反面、更なる疑問も見つかったりして、とても興味深いです。歴史を、敗者や屠られた側からも考察して見ることの重要性を改めて考えさせられます。TOLANDが取り上げて下さった事をキッカケに自分でも調べてみようかなという方が増える事も期待します。歴史は表に出ない部分に真相が隠されているものですね…。どれが真相ともいい切れない部分は当然あれど…ね😅今夜もありがとうございました🙏
確か武甕槌が行き着いたのが諏訪だったと思います。私は山陰出身ですが、家の近くに諏訪神社があります。なぜ山陰に諏訪神社?と思っていましたが、出雲口伝を知って謎が解けました。
出雲伝承に興味のお持ちの同郷の方が増えまして嬉しい限りです。ただいま中の人たちの間では、ミナカタがどこから来たのかで盛り上がっております。(伝承の純度としてはそぐわないため本にはならないと思われますが)出雲伝承では、ミナカタは事代主の子供で、日本海側から北信をとおり、上田や青木村近辺から諏方方面に展開したという事になっており、実はミナカタは最後までは諏方には留まらなかったとあります。自分を祀る神社を作る筈もなく、当然に初期の頃はサイノカミを祀っていました(今の道祖神や、大社のお舟祭りの神様です)ではミナカタを持ってきたのはどの一族なのか?天伯(忌部氏)ではないのか?地元に細く伝わる伝承として、千鹿頭は「物部氏に乗っ取られた」というものがありますが、そうすると神長官家の系図が丸でおかしいことになります。また、片倉氏は実は物部氏の子孫を名乗っており、系図の様にミナカタが片倉部の上に来ている系図はおかしいのです。諏訪の祭祀が現在の形態になったのは、用明期からとも言われ、つまり物部守屋の政変の頃からです。はたして、神長官家の本質とは?wwそんな話をしております。
@@110nari8 ✨そのお話の輪に私も加わりたいと痛烈に感じます!!持論ではありますが、記紀も富家も、双方にとって本来のこの国の始祖たるオオキミが、クーデターにより追い払われ、分家筋が覇権を握ったなどという歴史は、大声で吹聴出来るものではなく、出来れば正統性を印象づけたい裏事情はあっただろうと理解しています。ましてやその謀略の一部を富家が担いだ…云々なんてそりゃ闇に葬りたいことでしょう💦ミナカタについては概ね貴方のご意見に近い見解を私も抱いております。伝承の主役の巧妙なすり替えが行われた事実は、遺跡から紐解ける考古学的物証からも確認できる所ですから。同郷でいらっしゃるのですね!!コメント嬉しく読ませて頂きました!!今後とも、共に郷土の歴史を深く考えて参りたいですね💕︎
@@110nari8さん。私も同郷で、その話に是非加わりたいです。大元出版の本を数年前から見たり、最近地元の歴史の会に参加したりしています。漏矢神も、孫のチカト神で追われた感じもしますし、諏訪家から物部に嫁にいっていたり、諏訪家は、、建御名方富神の子孫か?洩矢神がなぜ鉄文化があったのか?とかの疑問が色々あります。また、今度道祖神の事を話す会がありますね。
な@@まさきみやさか
古事記を先入観なしに読むと、(たとえば聖書と比べて)ツギハギだらけの書だ、という印象を受ける。まるで、悪いことをした子供が、わるさをした手を後ろに隠しているような・・・古事記の文章からはそんなイメージを感じる。出雲口伝は、すばらしいですね。とても納得できるところがあります。今の、日本人が日本人にたちかえるためのメッセージ。配信、ありがとうございます。
たった20時間で、もう13万回視聴とは、さすがにすごい人気ですね。出雲口伝のご紹介を有難うございます。とてもワクワクしながらあっという間でした。一度見ただけでは、もう何が何だか、、、ですねW。出雲口伝の本は、内容がぶっ飛びすぎて引くと感じる方も多いかもしれませんが、一つの歴史物語の読み物として見ても、とても興味深い本だと思います。今回の動画も4000年前から第一次物部東征のイツセとウマシマジ兄弟までのこれだけの内容を、40分の動画にぎゅっとまとめられて、凄いと思います。これからも、継続して、記紀と照らし合わせながらのわかりやすい国譲りや、初代天皇即位や、万世一系と言われながらも、実際は姫巫女による女系継承であったことなども深堀り考察をお願いしたいです。あと、これは別チャンネルになりますが、『出雲口伝』の内容をもっとお知りになりたい方は(第284話)【三島大明神と暦師のお話、「事代主の伊豆建国」から】ELCAFLORA Mitsukoのトキジク日記th-cam.com/video/llR7riLRC6w/w-d-xo.htmlにもシリーズで、ゆるーくWご紹介されていますので、出雲口伝、え、どういうこと? 少し面白そうだけど、、わけ(意味)がわからない。。。という方は、一度ご覧になってみては如何でしょうか。
凄い!めっさわかりやすい!出雲口伝が広まって嬉しい❤️勝った側の勝手な意見よりも負けた側の悔しい歴史を知る事が本当に大事!
謎の出雲帝国からの追っかけをしております。私も出雲口伝が広まることをとても喜んでおります。本題ですが、諸事情ございまして、大元出版のHPは今後更新されないと思われます。何故知っているかはお聞きになられないで下さい。大元出版の最新版は①五條桐彦先生の「人麿古事記と安麻呂書記」②藤林先生の「出雲散家の芸と大名」という本になっています。HPには出ておりません。①は、古事記の編纂室(絶版)→古事記と柿本人麻呂→の分かりやすい版として出版されています。あと、飛鳥文化と宗教騒乱(絶版)→上宮太子と法隆寺(現行版)には本のカバーの裏に富編集長のお写真が新たに入っていますよ~。谷戸先生と、勝先生の本はまずこれからも出ないと思われますので入手がまだでしたら急いでみてくださいね。
@@110nari8 うわ!ありがとうございます!帰ったら調べます!
日本の神話や歴史は濃厚すぎて記紀や出雲口伝だけでは語れない。それを分かって動画を作ってるのはTOLANDVLOGだけだなってつくづく思う!さらに新たな視点で日本が語られるペトログリフシリーズがますます楽しみになる回!いつも分かりやすい動画を作ってくださってありがとうございます!次回動画も楽しみにしております!
シンプルに、情報として動画拝見しました☺️記紀と出雲口伝でそれぞれ主観も視点も変わってくるので食い違いもあるかと思いますが、共通するところはピタピタにハマっていて、やっぱり面白いです❣️
そもそも日本書紀は藤原(ふひと)氏が都合良く創造した「物語」に近く、歴史(事実)そのものを誠実に記したものではない。これをまず頭に入れておいたほうが無難。
40分をよどみなく話し切るのが、凄い。
37:56 この饒速日と市杵島姫命のイラストが好き。使われて嬉しい。徐福が来たことで平和だった?国内が国中で乱れ、天日矛が来たことで銅鐸から銅剣へ。複雑な気分。
私も私なりに10年前から、記紀を読む事から調べ始めて、ホツマツタエなど読み漁り、世界史などなど世界各地の神話などなど読み解いてみました。その後山陰の神社を巡り巡ってみましたが、結局のところ出雲口伝が90%くらいしっくりくるんですよね😂なんで山陰って地味なんでしょー?って思うじゃないですか。普通のじいちゃんばあちゃん達に話を聞くと、どうやら隠さなきゃと思っていたようですよ。サムさんほど簡潔に言葉でまとめられませんけれどね笑いずれ島根と鳥取、来てみてください😊
おもしろいですね、なぜ隠さないといけないのか、が気になります!
こういう考えもあるんだと勉強になります日本国の歴史は謎が多い……
ノートと鉛筆と、スマホを持って机に向かって、拝聴してます大好きな楽しい時間です。感謝してます
私も2回観ました。難しくて…。しかし毎回聞き取りやすい説明、飽きさせない内容、絶対噛まない、「えー」とか余分な言葉が入らない!とてもお勉強になります!
北部九州に物部や秦の伝承がたくさんある答えのひとつとして、興味深く拝見させて頂きました。物部氏は沢山別れて膨大な数になったので、八十物部と呼ばれたという記述を何処かで目にした記憶があります。ありがとうございます。
出雲口伝、予想以上に別の日本神話や口伝とあまりにもかけ離れてるので、たしかにパラレルワールドだと思わないと頭が追いつかないですね(><)それをまとめてるサムさんがすごすぎます
横からですみません。是非、今後も出雲伝承に興味を持っていただきたいです。京都籠神社→ホアカリと、ニギハヤヒが同一人物であると、公式に発言。更に国宝系図二つとクジホンギを合わせると、神武が村雲になる様に細工してあります。記紀服属で第一代、第三代を隠しています。これは記紀においては、村雲は剣の投影。カゴヤマはヤマトの香具山の投影として書かれているからです。宇佐古伝の神武は、記紀では架空化されて複数の人間が設定上神武になっているから、崇神(物部イニエ)を神武とする場合、記紀の偽装のルールに抵触しないから問題視されてきませんでした。物部豊彦(豊鍬入彦)は、崇神の息子で垂仁の異母兄妹でした。故に、神武の息子の話が宇佐古伝に出てきます。実は、各旧家の残している伝承は、ほぼ同じことを言っていて大した違いはありません。謎を解くカギは、記紀の誤魔化方のルールが認識できるかどうかなので、そのあたりの事が出雲口伝に出てきます
@@110nari8 詳しい情報をありがとうございます!暗号化されすぎてる記紀や他の口伝の内容が邪魔して、出雲口伝を理解するにはどうすれば良いかわからなかったのですが、そういった深い背景があると出雲口伝の内容がより現実味を感じます(*´ー`*)出雲伝承により興味がわきます、ありがとうございます
キングダムみたいに漫画化されないかな、この辺り(笑)
徐福と云う人は宮下文書をまとめた人との話がありましたが、それ以前の話なのかなこれは?結構なワルに感じるな、、、しかし渡来人(出戻り隊)が来てから争い事が増えたのは間違いない。
宮下文書は徐福(といっしょについて来た誰か)なのかもしれませんね。
むっちゃん先生は、武内宿禰が書かせたとおっしゃっていましたよ。
@@girasole4172 そうなんですね✨
徐福がヨセフならヤコブの息子になるなヤコブ=ニニギヨセフ=山幸彦=浦島太郎=大国主大国主はニギハヤヒという説が多いから辻褄が合うよなニニギ系統の話はエジプトのセト、メソポタミアのマルドゥクやニムロデの話に繋がるあとなぜバアルが悪魔にされたのかっていうのも繋がる
大変、分かりやすくありがとうございます♪系図を辿ってゆくと、本当にピタピタですね。天照大神とは本当は何だったのか…超重要事項ですね。天照大神が本当は天孫族の神さまではなく、出雲を始めとする縄文からの信仰だったこと、また、じっくりお話ください。古代において政治とはマツリゴトであり、祭祀です。そして、縄文に続く、クシヒカタやタタラ五十鈴姫の【母方】の一族こちらの深堀りをお願いします。超重要です。♀♀
本筋と離れるコメントで申し訳ないのですが、なぜ若い頃から、似てる有名人に「ムトゥ"踊るマハラジャ"のヒロイン」「インド人」と言われてきたのか、その長年のなぞが冒頭に解けましたわ。
めっちゃ💛楽しい🎶出雲宗像口伝に、きた来た~と、喜び倍増❗徐福とは、宇宙の何者⁉️ ありがとうございます☘️☘️☘️
徐福が来なければ、もう少し平和だったかも。
遥か昔のことすぎて本当かどうかはもはや確かめることは難しいが、思いを馳せるのは楽しく面白い。
次回が楽しみです。いろんな口伝のテント点を合わせていってくださっていて本当の歴史に近づいていく感じがして ドキドキです。よろしくお願いします。
又々 むずかしい~💦頑張りますけど~💦頭 こんがらがってま~す🤣楽しかったです😆🎵🎵
今回もすごい説ありがとうございます。子供の頃、母によく家は尾藩の落人だからという言葉を聞かされました。何か関係がないかとワクワクしながら視聴しています。ちなみに実家があったところは岩手県宮古市です。おじいさんはもっと田舎の村の村長さんをしていたらしいです。
出雲と大和のあけぼの、出雲と蘇我王国読んでてナカソオネヒコと言う響きで中曽根総理連想してしまい長髄彦を連想出来ませんでしたねwそう言う事で富家の磯城家大彦=長髄彦で安倍氏祖なんですね。了解。
ありがとうございます!
出雲口伝、分かりやすく説明ありがとうございます。関西に移住されたんですね。しかも高槻市に実家があります。色々調べてみたくなりました。今まで知らなかったです。ありがとうございます!
すごい情報量ですね👍おもしろすぎます💕いつもありがとうございます♪
凄くダイナミックで面白いお話しですね。でも原(元)日本人たる縄文人の皆さんは何処へ行ってしまったのか大変疑問です❓😊❤
出雲族と融合したとか言う人もいます。山奥に逃げてひっそり暮らしていたんでしょうか?それとも船でどこかに行ってしまったのでしょうか?
サンカみたいに、ひっそり暮らした人達や、素直に融合した人達など、それぞれじゃないでしょうか?🙄
散自出雲(さんよりいずも)という秘密結社が、その後、忍者となり、サンカとなっていったとは、書いてあったと思います。縄文系は、はじめに混ざっていったのかもですね
記紀が全てではない事が分かる動画ですね🎵色んな角度からの考察、恐れいります🙇
どおりで4,5世紀の古墳発掘が消極的なわけだ。日本書紀の歴史観が崩れるよねえ。藤原君たち。
出雲口伝の方がリアルで記紀よりしっくりきますね💦
今回も壮大なお話ありがとうございます!いろんな口伝シリーズを拝見し、出雲口伝が最も真実に近いように感じていましたので、今回も楽しみにしてました。ヤマト王権が4分家に分かれて争うところは、現在も世界で起こっている宗教戦争を思い起こさせると、思ってました。『日本は世界の雛形』とは、よく言ったもんだ。
出雲と蘇我氏の歴史の本を予約したけれど、読む前から疑問だった事(伊勢神宮とか熊野大社って出雲と敵対する神社なの?)がこちらの出雲口伝の動画でとてもスッキリしました😂歴史を越えたわかりやすい解説本当にありがとうございます🙏💕
出雲伝承の本にご興味がおありなのですね。諸事情ございまして、大元出版のHPは今後更新されないと思われます。何故知っているかはお聞きになられないで下さい。大元出版の最新版は①五條桐彦先生の「人麿古事記と安麻呂書記」②藤林先生の「出雲散家の芸と大名」という本になっています。HPには出ておりません。①は、古事記の編纂室(絶版)→古事記と柿本人麻呂→の分かりやすい版として出版されています。あと、お勧めは、「飛鳥文化と宗教騒乱(絶版)」→「上宮太子と法隆寺(現行版)」には富編集長のお写真が新たに入っています。谷戸先生と、勝先生の本はまずこれからも出ないと思われますので入手がまだでしたら急いでみてくださいね。
@@110nari8 そうですね‼️出版元のHPからは購入ボタンが中々出てこなかったので、本屋さんに取り寄せてもらいました💦ご丁寧に色々教えて頂きありがとうございます🙏💕
@@110nari8 40:53
何時も楽しく、又詳しく調べているのでびっくりしています。日本古代史を考える時に常に忘れてはならないこと、縄文からの永い1万6千年に及ぶハプロY遺伝子の続く過程での幾多の日本列島自然災害を潜り抜いて世界中にその遺伝的系譜とその文明を拡散した縄文人直系と見られる古代海洋族の存在です。出雲族も習合した災害を生き抜いたと考えられる祭祀的女系海洋族は、更なる徐福系、日鉾系の習合後に基本的に新たな習合を止めて男系万世一系を構築しています。縄文からの女系シャーマン(卑弥呼系)は出雲族習合後の大和祭祀的連合政権を軸に血縁関係に有ったと私は考えています。
5:09 これと同じことをやった奴らがいた。そうです。ハプスブルク家です。
ハプスブルクに伏見宮家の人が入っていると、旧皇族 華頂宮チャンネルの華頂さんが言っていましたよ。
@@pino2747 血は争えないですな。いや、原初回帰と言うべきでしょうか?
なんて面白い時代…。日本の歴史で1番わけわからなくて…1番面白い時代……。脳みそがついていけない…
今日もワクワクする話しありがとうでした😀❗いつも楽しませて貰ってます😊
宇佐家の口伝もあります。こちらの本、プレミア価格になっていて簡単に読めません。機会あれば宇佐家の伝承も動画でお願いします。
先代の籠神社の宮司さんは宇佐から養子に来たとお話されていました。なんだか繋がりを感じます。宇佐の口伝があるのですね💡
やっぱり口伝、伝承シリーズは、それぞれの視点があって面白いですよね😊宇佐口伝?伝承も興味深いですね✨✨✨
ナカソオネ彦は面白い日本の苗字。仲宗根と中曽根がありますね。南琉球宮古島には昔仲宗根の豪族がいましたヤマトでは軍事刑罰担当の物部氏とも言われてます
出雲口伝好きですーありがとうございます☺️❤️
すんごい考察です!聞いてて飽きないワクワクしますね。続きも楽しみです!
お話聞きながら、知らないことをネットで調べるのが楽しい。宍粟地方って初めて聞いたが、鉄が取れるところで、備前の刀にもつながっていくんですね。
記紀よりリアルでした。徐福2度目の上陸地近くの出身ですが、今でも地名(千布)や草の名(フロフキ)など残っていて、良くも悪くも衝撃的だったのだろうなと思います。筑紫の古い星の名前で、五十の星はシリウスを指すそうです。何か関係あるかな〜
今回もテンポ良く分かりやすい解説、どうも有難うございました🙏出雲口伝はだいたい把握してきたものの、ヒボコのところは手薄でしたので、勉強になりました。文字だけで記憶していると、色々な名前が出てきてもなかなか記憶に残りにくいですが、こちらのチャンネルのお陰で、イラストと人物が結びついていたり、イツセが矢に射られたシーンも「あ~、以前、小学生も喜びそうなサム劇場で観たあのシーンね」と思い出せたりと、記憶に残って色々と結びついていくので、とても有難いです☺。天皇の系譜シリーズもこれから拝聴します(^o^)丿
サムさんの頭の中には系図があるんでしょうね!…隠れた系図や名前を変えてたりとしてるのも…実際に確認する為の系図表や口伝対比の年表等作っておられたら拝見したいです!ややこしすぎます😅
サムさん本当にありがとうございます。ツーランドさんの動画から記紀に興味を持ち出し、正統竹内文書を知り、むっちゃんの本を読みました。その後出雲口伝に出会い、大元出版の本を読み漁りました。だからこそ、最近の天皇の系譜シリーズを観ているとサムなんでやーっと思うところもありました。しかしながらこの動画の伏線でした。この動画が一丁目一番地です。確かに正統竹内文書は夢があります。この動画の更に古代を紐解く鍵が含まれているかもしれません。でも今日の動画は日本古代史の一丁目一番地です。この動画を世に出してくださったサム氏を更に好きにならざるを得ません。誠にありがとう。
ツーランド❌トゥーランド⭕
一丁目一番地、とてもわかりやすい表現だと思います。
村雲の話をしてくれてる人いて感動してる。
これを待ってた😂
何時も楽しく観させて頂いております、歴史の勉強になって助かっています、感謝🙏此れからも、応援していきます
紀記と出雲口伝と宮下文書とで混乱してしまう。どれも全然、違う話ではなくて似通った部分があるのは不思議だな。系図が画面にずっとある方が解りやすいです。
今回も楽しく拝見させていただきました😊次回の展開がものすごく楽しみです❤
先週、家族で熊野本宮大社に行ってきたので、凄く嬉しいです!何かわからないけど凄いパワーを貰った感じはありました!納得です😊
出雲族が現在まで王朝を続けられなかった理由が分かった気がしました。また夜にでも感想を書きたいと思います!
今回もわかりやすく面白くてあっという間でした!海幸彦(海部氏?)山幸彦(物部氏?)と海神の神話の深掘りもお願いしますっ!
歴史のモヤモヤしていた部分が、スッキリ晴れた思いです❤ありがとうございます
うわ~。。。ビックリしました。いろいろと情報が記紀と違いすぎて。この時代から考えると、多分、現代は2600年くらい経過してると思いますので、今となっては推測するしか出来ませんが、現代まで残っている風土記が5つの地方しかないのは、もしかしたら、この出雲口伝の有力な傍証となる出来事を語り継いでいる内容を抹消するための、一種の焚書だったのかもしれないな、と動画を見ながら思っていました。歴史書は、常に勝者側の記述だ、と個人的に思っていますので、おそらく、この情報の違いは、出雲口伝の話が捻じ曲げられた結果、古事記や日本書紀の内容に都合よくそれらが記載される時の編纂者の手で、もしくは当時の権力者の指示で、中身が書き換えられているのでしょうね。現代の会社でも、特許権の発明者の名前は無名な人(研究実績がなく、専攻科目を卒業したわけでもない人)の発明だと、企業イメージ的に体裁が悪いために隠蔽されて、社内のどこかの研究施設が発明したことにして、IRでの発表や新聞記事に発表することが本当にありますし、(もちろん、これは違法な出来事であり、詐欺情報の作成であり、特許法にも間違いなく抵触する出来事ですし、商法の意味でも大きな問題になる隠蔽です)私自身がその被害を直接受けた経験を持っておりますので、それは大いにあり得ると思っています。そういう隠された出来事があった、と後世の時代になってからでも、判明する、というのは、それだけで隠されてしまった側の痛みに焦点があたることになりますので、それを都合が悪いと考える人達にとっては、確かにまた、覆いかぶせるために、何らかのアクションがあるかもしれません。どうぞ、身辺にご注意をなさってください。
続きが気になります。早く見たいです〜😊
奈良の桜井市には出雲という地名があったり磯城郡もあるので出雲国の名残なんですね。
週の真ん中水曜日!毎週ありがとうございます!
出雲口伝と考古学の一致!徐福は、出雲の次は佐賀県に来ました。吉野ヶ里遺跡と北九州一帯が徐福の2番目の息子ホホデミ(物部)の王国で、所謂九州王国やウガフキアズ王朝ですね。ここ吉野ヶ里で出土してる米が、徐福が住んでた山東半島の斉国の村(現徐福村と呼ばれてる)のすぐ近くの焦庄(ショウショウ)遺跡で出土してる米と同じ同じ大きさと形をしてます。佐賀県は吉野ヶ里が徐福が来た村だと公式に結論して、徐副館を建ててHPを公開してますけどその中で二つは同じ米だという見解を示してます。特徴的な大きな米粒です。ただ徐福が持ち込んだ水田稲作の米は野生の米に近くて不味かったので流行りませんでした。その後ジャポニカ米として日本列島に定着した米は徐福が来るより700年も前に北九州に持ち込まれた米です。中国の呉から朝鮮半島を経由して伝来したと言われてます。物部はこの先代渡来系とさっそく戦争して男は殆ど皆殺しにしてしまってることが遺跡から分かってます。徐福の先祖は徐国の王族で、徐国は呉に滅ぼされてますので、「ここで遭ったが何百年目」だったかもしれません。吉野ヶ里では秦国時代の弩(ボウガン)が出土してます。瓶型の墓も中国の東海岸の文化です。弥生人の骨の特徴は斉国の山東半島の人に最も近いことが考古学的に分かってます。中国の調査では徐福が連れていった中国人は山東半島の千童鎮の少年少女と、慈谿市と少年少女ということです。だから出雲そして京都奈良と移動した中国人が千童鎮の人達で、佐賀に来たときが慈谿市のですね。後者が物部王国の担い手になり、3世紀の第2次物部東征で物部軍はヤマト国に集団移住しますので、これが古墳人となります。古墳人の骨の特徴は慈谿市辺りの中国人に最も近いことが考古学的に分かってますので、もうぴったり出雲口伝と一致してます。だからほんとこの口伝は別格にすごいんですよ。さらに中国門外不出のはずの絹織物の生産が北九州で行われてましたが、徐福が連れてきてた職人によるものですね。この絹と中国道教の神獣鏡も第2次物部東征の後の時代に畿内で出土するようになってます。
山東半島の北の千童鎮や現在の北京市辺りの人達の中にはY染色体ハプロが漢人とは違う、O1b2が数%ですが存在してます。O1b2人は元々中国の長江文明の担い手で稲作をして女神信仰だった人達の生き残りの可能性があります。倭って女の上に稲という字です。この長江文明人は黄河文明人に侵略されてぼろぼろにやられほぼ消滅して正体もよく分かっておらず古代中国で倭族とか呼ばれてます。鬼界カルデラ噴火前に九州に住んでて大陸に渡った九州人かもしれません。この人達は中国で高床式の住宅に住んでて刺青の風習があったそうです。縄文人と言うと所謂D1a2aとC3やC1なので、O1b2はそれとは別種で九州倭人と言うしかないですが。なので徐福がその千童鎮から出雲に連れてきた1500人ほどの童男童女、その後京都奈良と移って弥生人となった者達は出戻り組・・・となるかもしれません。1世紀に渡来したヒボコ族の家来もO1b2の可能性が十分あります。朝鮮にはO1b2はいっぱい居ますので。王族のヒボコ本人は中国由来かもしれないので遺伝子は分かりませんが。徐福に慈谿市から筑紫に連れて来られた3000人の童男童女らは漢人O2でしょう。慈谿市江蘇省辺りはO1b2は検出されてませんので。司馬遷の史記に2度目の渡航で連れて行ったのは”良家”の童男童女ってありましたから、良家はそりゃ漢人でしょう。倭族は蔑まれてたでしょうから。
古墳人とも繋がるのですね。海男、海女の海童とよばれる少年少女たちは、口伝によると、ユダヤ家庭の子女を募集したようなことが書かれていましたが、千童鎮の地名からの意味なのですね。本当に考古学との一致は、これからますます文献や、遺構など物証とともに出てくると思います。
生々しくもイメージできる😮出雲口伝面白い!!
ダメだ、わけわからんくなったw
動画待ってました!今回もワクワクする動画ありがとうございます。話を聞いてて一個だけ気にしてたのは天照大神は男神という話があるって点ですが徐福なんですかねえって思うと納得するというか。女性に変えた理由はやっぱ隠すためなのかなとか思っちゃいますね。
三種の神器の1つがアマノムラクモノ剣となっているのは何でなのか知りたいです。
2:52 南インドでドラヴィダ人と呼ばれる人達いたよ 黒い皮膚3:55 おおなもち = 大国主 暗殺され27:18 播磨 出雲の一部32:36 和国 70年
おもしろーい!ちょうど先週出石、但馬に旅行したところだからわくわくします!
吉野ヶ里、飛ばしましたね😮
習った歴史はなんやったん?ってなりますね。😂
他の古書よりはるかに納得感あるししっくり感あるな。他のは相当、ごまかし嘘ぶいてる感じがあったしなんかすごい 神様?んー?ごまかしたなあ? ってかんじだったけどこれならわかる。なんか、頭の理解というよりもっと底のほうであーそう、それそういうかんじみたいな納得感、ふにおちたかん。全部がって訳じゃないだろうけどいままできいてきたわけわからないはなしよりベースはほぼあってるのではないかとおもった。てかめっちゃ外からきた人散々してるやん。滞在 させていただく というこの感性がなければ無理やとおもうわ。あーでも武力支配の文化でいきてきたひとならさせていただく → 支配されるがわ になってこわいとでもおもったかなだとしてもこっちにあわせてもらわなあかんねんけど。「無礼」はこの国では一番のタブーよ。礼と感謝をしめすことばをはけないひとにはなにも与えない。なにができるこれがやれるより、ここ。
いつも楽しく拝聴させていただいております。偶然かなと思ってましたTOLANDさんの動画を観ながら寝落ちすると 動画の内容には関してないけど不思議だったり神聖だったりする夢をみます。昨日はラフレシアみたいなでっかい 蓮華がでてきました 夢占い調べてみたら蓮華の花言葉に 雄弁と言うのがあって人の心を動かす説明という意味があるそうです。夢にでてきた蓮華はサムさんそのものなのかしら?と思い嬉しくなってコメントしましたこれからも動画楽しみにしています
奈良 葛城 登美ヶ丘ってある!!すごいなぁ!!
タニハにいる海部氏から攻められ但馬から追い出されたヒボコが播磨に攻めたという話は、世界史で見てもフン族から攻められ住処を無くしたゲルマン民族がローマに攻めてきたのとまるで同じです。その点でも変なリアリティがありますね。
不比等のストーリーを信じている方々が哀れに思えてくるぐらいの内容ですね。
いつも、楽しく観させて頂いています😁✨トゥーランドブログさんの新着動画の告知が出る度に、おっ!となってます✨1番気になったのはアマテラスがどこから来た神様なのか、という所が気になりました。センシティブという事は...地割れどころじゃなく断裂クラスのお話がある事を意味してると感じるのは自分だけかなぁと、思っております。是非、観たいです!
出雲の「出」の縦Iを抜くと「土」、土雲(土蜘蛛)になるのが以前から気になっています。常陸国はじめ各地にいた豪族です。穴群遺跡は鉱脈探し、古墳は錬金作業工場跡という説もありますね。古代から本州独自の錬金技能はあったと思われます。海を隔てて交流することで更に技術向上でしょう。お蚕様の雑種は既にいた(飛来説 蛹孵化説)ようですが純白上質化は伝来かもしれません。シルクロードは日本からかも。現在教科書ではシルクではなくオアシスになりビックリです。ワクワクします♪
いつも尺が講義レベルなんですよねー。こちらも集中して観てます😊❤
実は、出雲口伝も、宇佐古伝も、籠神社の伝承も実は言ってる事が一緒なんですよね。神武が架空化されたことによって、村雲、佐野命(ウマシマデ)、崇神(物部イニエ)が、全部神武って呼べる状態になってるから、各神社が全部神武で呼んでるだけの話。重要なのは、伝承を保持している旧家にとって、我が国には欠史が存在していないという事空白の4世紀なんて、そっちの方がファンタジーという事なのです。
110 nari様、まさにその通りだと思います。出雲も、後から渡来の徐福の子孫達の海部の海部勘注系図にしても、物部の先代旧事本紀にしても、共に核心は同じ内容を言っている。正史に沿うように工夫していることはありますが、後世に伝えたいことは、みな同じなのだと思います。欠史8代とする説の方が説得力のないファンタジー物語だろうと思えて来ます。そうしてみると、今後、出雲の東王家だけではなく、出来るものであれば、是非出雲西王家郷戸家の伝承も世に出てくると良いな。と思っております。
@@nihontaro9 様出雲伝承の本をお読みになられている方とお見受けいたします。(でなければ神紋臣家ではなく、郷戸家とは書けませんので藤林本をお読みになられていると思われます)諸事情ございまして、大元出版のHPは今後更新されないと思われます。何故知っているかはお聞きになられないで下さい。大元出版の最新版は①五條桐彦先生の「人麿古事記と安麻呂書記」②藤林先生の「出雲散家の芸と大名」という本になっています。HPには出ておりません。①は、古事記の編纂室(絶版)→古事記と柿本人麻呂→の分かりやすい版として出版されています。あと、飛鳥文化と宗教騒乱(絶版)→上宮太子と法隆寺(現行版)には富編集長のお写真が新たに入っていますよ~。谷戸先生と、勝先生の本はまずこれからも出ないと思われますので入手がまだでしたら急いでみてくださいね。
@@110nari8 様、ご丁寧なコメントをくださり、ありがとうございました。とても参考になります。お声をかけさせていただいて、良かったです。早速手に入るかどうかわかりませんが頑張ってみます。今後とも貴重な情報やアドバイスをよろしくお願いします。
いつも楽しく拝聴させてもらっていますとで面白い歴史考察勉強になりますしみなさんのサーチ能力は頭が下がりますリクエストなんですが言語の歴史も紹介して欲しいなと思いますこれだけ昔から混血を繰り返しているとどの様な言語を元に日本語が生まれ世界最古の言語となったのか?ぜひよろしくお願いします!
Xで言語学オタクの人達をフォローすると、面白いですよ
出雲口伝のストーリーは殆どの古文書が繋がり、目から鱗です。徐福が三度の来日によって日本が大きく変化したのであれば歴史がひっくり返る大発見です。
徐福ダメじゃん
雄牛のツノを冠にしたアメノヒボコの姿と吉備の鬼の姿が重なります😁播磨と吉備、隣同士ですし、吉備津彦が活躍した時期も倭国大乱で重なりますね😄また、アメノヒボコの勢力に出雲(出雲に残った)が押されていたとすると、加茂岩倉遺跡・荒神谷遺跡から大量に見つかった銅剣・銅鐸は、吉備に押された出雲が、自らの祭祀を封印した・もしくは捨てさせられた可能性も考えられますね😊そして、新たに出現したアメノヒボコ(吉備)に対抗して、大和(海部に由来)と物部(北九州)の連携を取り持ったのが阿波(四国)だとすれば、地理的にも系図的(8代天皇から物部・阿波に由来した皇后・妃が増える)にも繋がりますね😌TOLANDさん、凄すぎる
面白い🤩🤩🤩チャンネル登録しました!
いいところで続く、、、!😂
高槻市に登美の里町という町名がありますが、登美家と関係ありなのかな?
いつも楽しく見させてもらっています。ショーゲンさんとのコラボもとても嬉しかったです。サムさんは【絵本作家のぶみチャンネル】さんご存知ですか?小さな子の胎内記憶の話をされてる回で、子どもさんが「今生まれても流されちゃうから産まれてくる子が減ってる」「今生まれてる子達はお母さんを守りたいから生まれてきた」と言っているそうです!そして2026年からは神様の時代になるとも。見ていて、サムさんにも見てほしい!出来ればコラボして欲しい!と思いました。
あくまで口伝通りとするなら、やはり徐福が諸悪の根源の糞以外の何物でもないという所感にしかならんが。
ここから先がきっと動画として面白いところで、北陸蘇我氏の継体帝が、実は富家の養子入りした先だったりするので・・・今後そのあたりが動画でも今後公開されると思われます。遺伝子的な男系は実は現在では物部氏ではなく富家に繋がります。物部氏は欽明の女系でしか遡れません。
私の叔母は村雲家に嫁に嫁ぎました。何か関係が、あるのでしょうか?ビックリです。
息子の同級生に名字が「むらくも」と言う人がいたそうです。漢字は違うそうです。「村雲さん」です。
紀伊半島地域にはオオソネ(大曽根)ハイダ(早田)ハダス(波田須)徐福伝説もあったりまた祭ばやしが ヘブライ語ですと資料館に普通に展示されていますまたケルトとの繋がりもあると言われている本もありますとても面白い自然豊かな地域ですサムさんに取り上げてもらってとても嬉しいです(^^)
尾張国一宮、真清田神社のご祭神が天火明なのが、出雲口伝で納得できました。
タイムマシンで過去に行ってみれば判るけれど、過去というのは記憶だから、人の信念体系によって過去の出来事も変わってくる。過去というのは物語みたいなもので、大切なのは今をどう生きるかだけ。
出雲口伝の続編楽しみにしてました😀八咫烏は天之日矛なんじゃないかと予想しています。
出雲口伝読むと八咫烏についてもわかります。ちなみにヒボコさんではないようです。
八咫烏とは、、次回が楽しみですね。
@@ぐるぐる太郎-r2c 出雲口伝は市販されているのですね💦私も購入を検討してみたいと思います。
お二人様、動画🎥お疲れ様でございます❤
たくさんの情報一気にいただき誠にありがとうこざいます。反芻しないと呑み込むのに時間を要するようです。
本日も動画をご覧いただき、ありがとうございます!!11月は重大な発表がたくさんありますのでよろしくお願いいたします!!!!
限定グッズ終了まであと数日!!TOLAND VLOG初の!!公式グッズはこちらからご覧いただけます→ tolandvlog.thebase.in/
サム・マサキ・くどぅのメンバー全員で制作した限定シャツもございますので、是非チェックしてください!(特におすすめは御朱印書とサム・マサキのぬいぐるみです)
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大国主と津軽外三郡史はあんまり取り入れん方がいい。時代が違う話がごっちゃになっている。徐福がきたのは、秦の始皇帝の時代。つまり、出雲口伝は太古の話を使ってかなり時代を下ったときの説明をしているように思える。
春夏さま
出雲口伝でも、
徐福の到来は
おそらく二度目が
紀元前219年ごろ、
三度目が紀元前210年ころと、
はっきり書かれています。
中国の史記より、
参照してあります。
ここから計算して、
ヤマト政権の成立が、
紀元前2世紀ごろとなっています。
出雲口伝は各ネタが威力が大きすぎて、扱いに慎重さが求められますが、なんとか大勢の方に受け入れてもらえるようにソフトに丁寧に、面白くお伝えいただければと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
10月末に巨大地震が来るとかいう要らんことを発信している人がいるらしいので11月まで待てません!(笑)
この富家系?の作り話はワンダフルで、娯楽作品としては楽しめますが、史実と考えようとすると無理があり、失笑ものですね。まず、最も致命的なのは、古代の日本は妻問婚の母系社会だったという認識が欠落してしている点です。作者が不勉強!
皇室の祖先を、男神ではなく女神とするのは、妻問婚社会のルーツを辿ると、どのような高貴な家でも母方の家に行き着くからです。天武天皇が皇統を産み出した最も尊い母方の家として、神功皇后の血統=息長氏を真人のカバネの筆頭=藤原氏よりも上位の公家のトップに据えた事実は誰にも変えられません。
神功皇后ゆかりの日の巫女の神道を母系継承し、皇祖母神・天照大神の神託を下す家=息長庄の姬姓斎皇家が、祭政一致体制の日本を導いていた時代があったのです。
斎皇家を起点に、妻問婚社会だった事実を踏まえて、皇統のルーツを語れていない時点でアウトです。
さらに大失敗なのは、
徐福が求めた水銀朱は四国と紀州で産出しますが、出雲では出ないことです。九州でも出ません! そのことを知らない情報弱者が捏造した偽史だと丸分かりの状況ですね。作者の方には、もう少し勉強して欲しいと感じます。
徐福は、秦始皇帝と姻戚関係を結んで、嬴姓の傍流を表す瀛姓を賜り、日本列島に戦争孤児や難民を引き連れて来て、各地に入植しています。その結果日本は瀛州と呼ばれるようになりました。
しかし、
お目当ての水銀朱が出ない出雲でクーデターなど起こしていません!
もしも、そんな悪事を働いて中国大陸に逃げ帰ったのなら、彼の瀛姓が後世に日本の呼称として残ることはありません!
なにしろ、日本には古くから畏くも世界最強?の日の巫女の王の一族、息長氏の姬姓斎皇家がいて、何人も太刀打ちできないのですから。
若干13歳の壱与がなぜ、卑弥呼亡き後、男王達が争う騒乱状態になった倭国を再統合できたかと言うと、今日に合気道として伝わる手乞の技の達人で、その神威=気の力=精神感化力が凄まじくて、すべての男王が呆気なく打ち負かされてしまったからです。
息長氏の姬姓斎皇家は現在も残っていて、その無類の強さを確認できます。
斎皇家に妻問婚する資格を持つ筆頭は、かつてシルクロードの交易を家業とした、屈強なシュメール→ペルシャ系=コーカソイド系の秦氏の男衆で、現在の総領は身長197センチ体重170キロ弱もある、プロレスラーと見間違えるような体格の人物です。
ところが、斎皇家の斎女達と道場で試合をすると、手乞の技で呆気なく投げられてしまいます。合気道系の技は強さと体格がほぼ関係ないため、ストロンゲストマンコンテスト優勝クラスの体格をしていても、勝負にならないのです。
そんな最強の斎皇家に、徐福達ならば勝てたかと言うと…まずあり得ませんね。もし勝てる勢力がいるのなら、壱与は倭国を簡単に再統一できなかったでしょう。
斎皇家は大家族制の御三家で構成されているので、斎皇は常に三人以上。30歳になる前に引退するので、太上斎皇は9人以上。斎皇の代役として各種神事を行う斎皇代や斎女は数十人もいます。
たった一人で倭国の乱を鎮められる壱与様と同レベルの、一騎当千の日の巫女の集団に、いったい誰が勝てるのか…謎すぎます。(笑)誰も勝てないから、天照大神を祭祀する斎皇家から皇室が生まれたのです。
さらに、斎皇家に妻問婚する秦氏の男衆は、外家の者も含めて、特殊部隊八咫烏千人衆を組織しています。シルクロードを踏破できるように修験道で鍛えられた、身長190センチ以上体重130キロ以上もあるコーカソイド系の、天狗と呼ばれた八咫烏衆の千人を相手に、徐福達が勝てる筈がありません。
そもそも徐福は、秦氏の支配階級の交易商人に仕える、商品となる鉱物資源を調達する金山師なので、八咫烏千人衆よりも一段格下のグループの者なのです。
交易の旅をしている秦氏のトップは動き回るので、商業拠点や鉱山の統治は、配下の者に任せるのが通常です。
そんな立ち位置の徐福が、頼りのスポンサー相手にクーデターを起こせるのか謎です。大人しく統治していれば金に困らないのに、わざわざ王にしてくれた支援者の大商人達と揉め事を起こす意味がありません。
秦氏の大商人達は人を見る目が確かですから、反乱を起こすような者に、妻子がいる大切な日本列島の統治を任せたりはしません。
だいたい、大和王権は淡路島の鉄器工房が始まりです。
淡路島の鉄器工房から、三輪山の麓へと移動したことが考古学的な発掘結果から判明しています。
その後、出雲の方が武器の生産に適した砂鉄が得られることが判明したので、大和から出雲へと職人たちが自主的に移動しているのです。
出雲が栄えたのはそれからです。
出雲風土記には、“八岐大蛇”を退治した物語が出てきません。素戔嗚は秦氏の祖先神で、鉄穴流しによって土砂が堆積して氾濫するようになった大和川を鎮めた“大和の大蛇”の伝説が、出雲に運ばれて行ったのです。
その逆はあり得ません。
神功皇后や継体天皇を輩出した斎皇家は、唐の日本列への侵攻に備えて、天武天皇の遁甲の発想で隠されたので、それ以降、息長氏は歴史の表舞台に出てきていませんが、今日まで神功皇后ゆかりの日の巫女の神道と、皇祖母神・天照大神の神託を下す神事を伝えています。
斎皇家の存在を無視した、様々な発掘結果とも合致しない作り話など無効です。
口伝は、お爺さんお婆さんの作り話というケースが多々あるので、発掘結果と一致しない考古学的に矛盾がある話は、ほぼフィクションと見るべきです。
山東半島の付け根付近に、秦氏の交易拠点として栄えた臨淄があり、2500年前のコーカソイド型の人骨がかなりの割合で出土しています。そのDNAと現在の秦氏の支配階級のDNAが一致するので、この土地で素戔嗚を蚩尤の名で奉斎していた、シルクロードの西から来た交易商人の集団がいたことは裏が取れています。
もちろん、徐福もこのグループに所属する金山師で、四国と紀州に到着して水銀朱を得たことが、斎皇家に伝わります。
素戔嗚はシルクロードの西ではエンリルやバアルやルドラ・シヴァとして信仰されていました。
それから、秦氏はユダヤ教徒ではありません。ユダヤ教徒はバアル=素戔嗚を「蠅の悪魔の王」と罵ります。秦氏はバアルを祖先として今でも大切に祀っています。両者の祖先神に対する態度は正反対です。活動範囲が被っていても同族の筈がありません。
斎皇家の斎女達は、秦氏系の配偶者=夫のことを今でも「バアル」=主人と呼んで、表向きは立てます。蠅の悪魔とは認識していないので、ユダヤ教徒でないことは明らかです。ユダヤ教が成立する以前の古い精神文化が日本に入って神道と習合していますが、一神教のユダヤ教やキリスト教は神道と習合できていない事実が存在します。
秦氏ユダヤ教徒説は現実と噛み合わない作り話です。
あまり変な情報を流布していると、秦氏の総領様=FinE Chevalier皇配殿下から経済制裁を受けることになるかもしれません。他人の家に関する偽史を流布して、日本人のアイデンティティーを歪めて迷惑をかけるのは控えたほうがよろしいでしょう。
もちろん正史の三国史に対して娯楽作品の三国志演義があるように、楽しめる歴史物語としてなら許容できるのかもしれませんが。
紀伊半島三重県南部の紀北町辺りでは今でも「めちゃくちゃ反抗的な態度と行動をする事」を「ヒボコる」と言ってます。
貴重な情報ありがとうございます。尾張、吉野、熊野など三重周辺は古代史と関わり深いですよね。
おもしろい
今の時代に伝わってるね
伝承本と一致してるのが、面白いですね。うる覚えですが、松江のホーランエンヤという祭も、出雲族が攻められたときか、大名持が◯されたことを忘れないために始まったとか、そういうのありますよね。
え、すごすぎる...‼️
面白いですね!貴重な情報です。
もうもう いつも説明に脱帽です🎉🎉まとめるのも 話すのも大変なのに 分かりやすく本当にありがとう御座います🙏 今だから考察できる、それを聞ける時代に生まれて良かったと思います✨いつの時代も戦いがありますが、日本書紀、古事記を作り広めて 平和的に(?)神話を作り穏やかな日本人へ・・と、促し続けたのは 凄い国力、努力の賜物ですね〜 和を重んじる日本人♡好きです
大きな和を成して生きていたはずの出雲族が、渡来人達によってどんどん争いの方向にいってしまうのが悲しいですね、出雲口伝は……
女性を表す銅鐸から男性のシンボルである銅剣に変わったことが争いの時代になったことを示しているようです。
時代の流れの中では必要なことだったのかも知れませんが、そろそろ和をもって貴しとなす時代に戻りたいですね。
たくさんの人の話を聞いて統治する耳の王が世界中に必要だと思います。
お前はなにを言っているんだ
女性は基本的にたくさんの人の話は聞きませんよ
自分の話を聞いてくれる人だけを集めるんです
ただそれは統治とは言わないぞ!!!!
それを履き違えた人間が、多様性が何だの、処女が何だの・・と言ったところで
所詮は、宗教と施政の見分けすらつかない(コイツは幼児退行を続けたいマザコンなんだな)としか僕は思えない
なので、君が王を欲するのであれば、王に値する人間の参謀をやるべきだ
消されたのはY遺伝子でなく
ミトコンドリアDNAの方かと
思えます。
諏訪近辺に住む私にとって、出雲口伝の内容は、特に伊勢や尾張、諏訪大社周辺の神社や遺跡にまつわる伝承の何たるかにも濃厚にかかわる部分もあり、また反面、更なる疑問も見つかったりして、とても興味深いです。歴史を、敗者や屠られた側からも考察して見ることの重要性を改めて考えさせられます。
TOLANDが取り上げて下さった事をキッカケに自分でも調べてみようかなという方が増える事も期待します。
歴史は表に出ない部分に真相が隠されているものですね…。どれが真相ともいい切れない部分は当然あれど…ね😅
今夜もありがとうございました🙏
確か武甕槌が行き着いたのが諏訪だったと思います。私は山陰出身ですが、家の近くに諏訪神社があります。なぜ山陰に諏訪神社?と思っていましたが、出雲口伝を知って謎が解けました。
出雲伝承に興味のお持ちの同郷の方が増えまして嬉しい限りです。
ただいま中の人たちの間では、ミナカタがどこから来たのかで盛り上がっております。(伝承の純度としてはそぐわないため本にはならないと思われますが)出雲伝承では、ミナカタは事代主の子供で、日本海側から北信をとおり、上田や青木村近辺から諏方方面に展開したという事になっており、実はミナカタは最後までは諏方には留まらなかったとあります。
自分を祀る神社を作る筈もなく、当然に初期の頃はサイノカミを祀っていました(今の道祖神や、大社のお舟祭りの神様です)
ではミナカタを持ってきたのはどの一族なのか?天伯(忌部氏)ではないのか?
地元に細く伝わる伝承として、千鹿頭は「物部氏に乗っ取られた」というものがありますが、そうすると神長官家の系図が丸でおかしいことになります。
また、片倉氏は実は物部氏の子孫を名乗っており、系図の様にミナカタが片倉部の上に来ている系図はおかしいのです。
諏訪の祭祀が現在の形態になったのは、用明期からとも言われ、つまり物部守屋の政変の頃からです。はたして、神長官家の本質とは?ww
そんな話をしております。
@@110nari8 ✨そのお話の輪に私も加わりたいと痛烈に感じます!!
持論ではありますが、記紀も富家も、双方にとって本来のこの国の始祖たるオオキミが、クーデターにより追い払われ、分家筋が覇権を握ったなどという歴史は、大声で吹聴出来るものではなく、出来れば正統性を印象づけたい裏事情はあっただろうと理解しています。ましてやその謀略の一部を富家が担いだ…云々なんてそりゃ闇に葬りたいことでしょう💦
ミナカタについては概ね貴方のご意見に近い見解を私も抱いております。
伝承の主役の巧妙なすり替えが行われた事実は、遺跡から紐解ける考古学的物証からも確認できる所ですから。
同郷でいらっしゃるのですね!!
コメント嬉しく読ませて頂きました!!
今後とも、共に郷土の歴史を深く考えて参りたいですね💕︎
@@110nari8さん。私も同郷で、その話に是非加わりたいです。
大元出版の本を数年前から見たり、最近地元の歴史の会に参加したりしています。
漏矢神も、孫のチカト神で追われた感じもしますし、諏訪家から物部に嫁にいっていたり、諏訪家は、、建御名方富神の子孫か?洩矢神がなぜ鉄文化があったのか?とかの疑問が色々あります。
また、今度道祖神の事を話す会がありますね。
な@@まさきみやさか
古事記を先入観なしに読むと、(たとえば聖書と比べて)ツギハギだらけの書だ、という印象を受ける。
まるで、悪いことをした子供が、わるさをした手を後ろに隠しているような・・・古事記の文章からはそんなイメージを感じる。
出雲口伝は、すばらしいですね。とても納得できるところがあります。
今の、日本人が日本人にたちかえるためのメッセージ。配信、ありがとうございます。
たった20時間で、もう13万回視聴とは、さすがにすごい人気ですね。
出雲口伝のご紹介を有難うございます。とてもワクワクしながらあっという間でした。
一度見ただけでは、もう何が何だか、、、ですねW。
出雲口伝の本は、内容がぶっ飛びすぎて引くと感じる方も多いかもしれませんが、
一つの歴史物語の読み物として見ても、とても興味深い本だと思います。
今回の動画も4000年前から第一次物部東征のイツセとウマシマジ兄弟までのこれだけの内容を、
40分の動画にぎゅっとまとめられて、凄いと思います。
これからも、継続して、記紀と照らし合わせながらのわかりやすい国譲りや、
初代天皇即位や、万世一系と言われながらも、実際は姫巫女による女系継承であったことなども
深堀り考察をお願いしたいです。
あと、これは別チャンネルになりますが、『出雲口伝』の内容をもっとお知りになりたい方は
(第284話)【三島大明神と暦師のお話、「事代主の伊豆建国」から】ELCAFLORA Mitsukoのトキジク日記
th-cam.com/video/llR7riLRC6w/w-d-xo.html
にもシリーズで、ゆるーくWご紹介されていますので、出雲口伝、え、どういうこと?
少し面白そうだけど、、わけ(意味)がわからない。。。という方は、一度ご覧になってみては
如何でしょうか。
凄い!
めっさわかりやすい!
出雲口伝が広まって嬉しい❤️
勝った側の勝手な意見よりも
負けた側の悔しい歴史を知る事が本当に大事!
謎の出雲帝国からの追っかけをしております。私も出雲口伝が広まることをとても喜んでおります。
本題ですが、諸事情ございまして、大元出版のHPは今後更新されないと思われます。
何故知っているかはお聞きになられないで下さい。
大元出版の最新版は
①五條桐彦先生の「人麿古事記と安麻呂書記」
②藤林先生の「出雲散家の芸と大名」
という本になっています。HPには出ておりません。
①は、古事記の編纂室(絶版)→古事記と柿本人麻呂→の分かりやすい版として出版されています。
あと、飛鳥文化と宗教騒乱(絶版)→上宮太子と法隆寺(現行版)には本のカバーの裏に富編集長のお写真が新たに入っていますよ~。
谷戸先生と、勝先生の本はまずこれからも出ないと思われますので入手がまだでしたら急いでみてくださいね。
@@110nari8 うわ!ありがとうございます!帰ったら調べます!
日本の神話や歴史は濃厚すぎて
記紀や出雲口伝だけでは語れない。
それを分かって動画を作ってるのは
TOLANDVLOGだけだなって
つくづく思う!
さらに新たな視点で日本が語られる
ペトログリフシリーズが
ますます楽しみになる回!
いつも分かりやすい動画を作ってくださってありがとうございます!
次回動画も楽しみにしております!
シンプルに、情報として動画拝見しました☺️
記紀と出雲口伝でそれぞれ主観も視点も変わってくるので食い違いもあるかと思いますが、共通するところはピタピタにハマっていて、やっぱり面白いです❣️
そもそも日本書紀は藤原(ふひと)氏が都合良く創造した「物語」に近く、歴史(事実)そのものを誠実に記したものではない。これをまず頭に入れておいたほうが無難。
40分をよどみなく話し切るのが、凄い。
37:56 この饒速日と市杵島姫命のイラストが好き。使われて嬉しい。
徐福が来たことで平和だった?国内が国中で乱れ、天日矛が来たことで銅鐸から銅剣へ。複雑な気分。
私も私なりに10年前から、記紀を読む事から調べ始めて、ホツマツタエなど読み漁り、世界史などなど世界各地の神話などなど読み解いてみました。
その後山陰の神社を巡り巡ってみましたが、結局のところ出雲口伝が90%くらいしっくりくるんですよね😂
なんで山陰って地味なんでしょー?って思うじゃないですか。
普通のじいちゃんばあちゃん達に話を聞くと、どうやら隠さなきゃと思っていたようですよ。
サムさんほど簡潔に言葉でまとめられませんけれどね笑
いずれ島根と鳥取、来てみてください😊
おもしろいですね、なぜ隠さないといけないのか、が気になります!
こういう考えもあるんだと
勉強になります
日本国の歴史は謎が多い……
ノートと鉛筆と、スマホを持って机に向かって、拝聴してます
大好きな楽しい時間です。
感謝してます
私も2回観ました。難しくて…。
しかし毎回聞き取りやすい説明、飽きさせない内容、絶対噛まない、「えー」とか余分な言葉が入らない!とてもお勉強になります!
北部九州に物部や秦の伝承がたくさんある答えのひとつとして、興味深く拝見させて頂きました。物部氏は沢山別れて膨大な数になったので、八十物部と呼ばれたという記述を何処かで目にした記憶があります。ありがとうございます。
出雲口伝、予想以上に別の日本神話や口伝とあまりにもかけ離れてるので、たしかにパラレルワールドだと思わないと頭が追いつかないですね(><)それをまとめてるサムさんがすごすぎます
横からですみません。
是非、今後も出雲伝承に興味を持っていただきたいです。
京都籠神社→ホアカリと、ニギハヤヒが同一人物であると、公式に発言。
更に国宝系図二つとクジホンギを合わせると、神武が村雲になる様に細工してあります。記紀服属で第一代、第三代を隠しています。
これは記紀においては、村雲は剣の投影。カゴヤマはヤマトの香具山の投影として書かれているからです。
宇佐古伝の神武は、記紀では架空化されて複数の人間が設定上神武になっているから、崇神(物部イニエ)を神武とする場合、記紀の偽装のルールに抵触しないから問題視されてきませんでした。
物部豊彦(豊鍬入彦)は、崇神の息子で垂仁の異母兄妹でした。故に、神武の息子の話が宇佐古伝に出てきます。
実は、各旧家の残している伝承は、ほぼ同じことを言っていて大した違いはありません。謎を解くカギは、記紀の誤魔化方のルールが認識できるかどうかなので、そのあたりの事が出雲口伝に出てきます
@@110nari8
詳しい情報をありがとうございます!暗号化されすぎてる記紀や他の口伝の内容が邪魔して、出雲口伝を理解するにはどうすれば良いかわからなかったのですが、そういった深い背景があると出雲口伝の内容がより現実味を感じます(*´ー`*)出雲伝承により興味がわきます、ありがとうございます
キングダムみたいに漫画化されないかな、この辺り(笑)
徐福と云う人は宮下文書をまとめた人との話がありましたが、それ以前の話なのかなこれは?結構なワルに感じるな、、、しかし渡来人(出戻り隊)が来てから争い事が増えたのは間違いない。
宮下文書は徐福(といっしょについて来た誰か)なのかもしれませんね。
むっちゃん先生は、
武内宿禰が書かせたと
おっしゃっていましたよ。
@@girasole4172 そうなんですね✨
徐福がヨセフならヤコブの息子になるな
ヤコブ=ニニギ
ヨセフ=山幸彦=浦島太郎=大国主
大国主はニギハヤヒという説が多いから辻褄が合うよな
ニニギ系統の話はエジプトのセト、メソポタミアのマルドゥクやニムロデの話に繋がる
あとなぜバアルが悪魔にされたのかっていうのも繋がる
大変、分かりやすく
ありがとうございます♪
系図を辿ってゆくと、
本当にピタピタですね。
天照大神とは
本当は何だったのか…
超重要事項ですね。
天照大神が本当は
天孫族の神さまではなく、
出雲を始めとする
縄文からの信仰だったこと、
また、じっくりお話ください。
古代において
政治とはマツリゴトであり、
祭祀です。
そして、
縄文に続く、
クシヒカタやタタラ五十鈴姫の
【母方】の一族
こちらの深堀りを
お願いします。
超重要です。♀♀
本筋と離れるコメントで申し訳ないのですが、なぜ若い頃から、似てる有名人に「ムトゥ"踊るマハラジャ"のヒロイン」「インド人」と言われてきたのか、その長年のなぞが冒頭に解けましたわ。
めっちゃ💛楽しい🎶
出雲宗像口伝に、きた来た~と、喜び倍増❗徐福とは、宇宙の何者⁉️ ありがとうございます☘️☘️☘️
徐福が来なければ、もう少し平和だったかも。
遥か昔のことすぎて本当かどうかはもはや確かめることは難しいが、思いを馳せるのは楽しく面白い。
次回が楽しみです。いろんな口伝のテント点を合わせていってくださっていて本当の歴史に近づいていく感じがして ドキドキです。よろしくお願いします。
又々 むずかしい~💦
頑張りますけど~💦
頭 こんがらがってま~す🤣
楽しかったです😆🎵🎵
今回もすごい説ありがとうございます。子供の頃、母によく家は尾藩の落人だからという言葉を聞かされました。何か関係がないかとワクワクしながら視聴しています。ちなみに実家があったところは岩手県宮古市です。おじいさんはもっと田舎の村の村長さんをしていたらしいです。
出雲と大和のあけぼの、出雲と蘇我王国読んでて
ナカソオネヒコと言う響きで中曽根総理連想してしまい長髄彦を連想出来ませんでしたねw
そう言う事で富家の磯城家大彦=長髄彦で安倍氏祖なんですね。
了解。
ありがとうございます!
出雲口伝、分かりやすく説明ありがとうございます。
関西に移住されたんですね。しかも高槻市に実家があります。色々調べてみたくなりました。今まで知らなかったです。ありがとうございます!
すごい情報量ですね👍おもしろすぎます💕いつもありがとうございます♪
凄くダイナミックで面白いお話しですね。でも原(元)日本人たる縄文人の皆さんは何処へ行ってしまったのか大変疑問です❓😊❤
出雲族と融合したとか言う人もいます。山奥に逃げてひっそり暮らしていたんでしょうか?それとも船でどこかに行ってしまったのでしょうか?
サンカみたいに、ひっそり暮らした人達や、素直に融合した人達など、それぞれじゃないでしょうか?🙄
散自出雲(さんよりいずも)という秘密結社が、その後、忍者となり、サンカとなっていったとは、書いてあったと思います。縄文系は、はじめに混ざっていったのかもですね
記紀が全てではない事が分かる動画ですね🎵色んな角度からの考察、恐れいります🙇
どおりで4,5世紀の古墳発掘が消極的なわけだ。日本書紀の歴史観が崩れるよねえ。藤原君たち。
出雲口伝の方がリアルで記紀よりしっくりきますね💦
今回も壮大なお話ありがとうございます!
いろんな口伝シリーズを拝見し、出雲口伝が最も真実に近いように感じていましたので、今回も楽しみにしてました。
ヤマト王権が4分家に分かれて争うところは、現在も世界で起こっている宗教戦争を思い起こさせると、思ってました。
『日本は世界の雛形』とは、よく言ったもんだ。
出雲と蘇我氏の歴史の本を予約したけれど、読む前から疑問だった事(伊勢神宮とか熊野大社って出雲と敵対する神社なの?)がこちらの出雲口伝の動画でとてもスッキリしました😂歴史を越えたわかりやすい解説本当にありがとうございます🙏💕
出雲伝承の本にご興味がおありなのですね。
諸事情ございまして、大元出版のHPは今後更新されないと思われます。
何故知っているかはお聞きになられないで下さい。
大元出版の最新版は
①五條桐彦先生の「人麿古事記と安麻呂書記」
②藤林先生の「出雲散家の芸と大名」
という本になっています。HPには出ておりません。
①は、古事記の編纂室(絶版)→古事記と柿本人麻呂→の分かりやすい版として出版されています。
あと、お勧めは、「飛鳥文化と宗教騒乱(絶版)」→「上宮太子と法隆寺(現行版)」には富編集長のお写真が新たに入っています。
谷戸先生と、勝先生の本はまずこれからも出ないと思われますので入手がまだでしたら急いでみてくださいね。
@@110nari8 そうですね‼️出版元のHPからは購入ボタンが中々出てこなかったので、本屋さんに取り寄せてもらいました💦ご丁寧に色々教えて頂きありがとうございます🙏💕
@@110nari8 40:53
何時も楽しく、又詳しく調べているのでびっくりしています。
日本古代史を考える時に常に忘れてはならないこと、縄文からの永い1万6千年に及ぶハプロY遺伝子の続く過程での幾多の日本列島自然災害を潜り抜いて世界中にその遺伝的系譜とその文明を拡散した縄文人直系と見られる古代海洋族の存在です。
出雲族も習合した災害を生き抜いたと考えられる祭祀的女系海洋族は、更なる徐福系、日鉾系の習合後に基本的に新たな習合を止めて男系万世一系を構築しています。
縄文からの女系シャーマン(卑弥呼系)は出雲族習合
後の大和祭祀的連合政権を軸に血縁関係に有ったと私は考えています。
5:09 これと同じことをやった奴らがいた。そうです。ハプスブルク家です。
ハプスブルクに伏見宮家の人が入っていると、旧皇族 華頂宮チャンネルの華頂さんが言っていましたよ。
@@pino2747 血は争えないですな。いや、原初回帰と言うべきでしょうか?
なんて面白い時代…。日本の歴史で1番わけわからなくて…1番面白い時代……。脳みそがついていけない…
今日もワクワクする話しありがとうでした😀❗
いつも楽しませて貰ってます😊
宇佐家の口伝もあります。こちらの本、プレミア価格になっていて簡単に読めません。機会あれば宇佐家の伝承も動画でお願いします。
先代の籠神社の宮司さんは宇佐から養子に来たとお話されていました。なんだか繋がりを感じます。宇佐の口伝があるのですね💡
やっぱり口伝、伝承シリーズは、それぞれの視点があって面白いですよね😊
宇佐口伝?伝承も興味深いですね✨✨✨
ナカソオネ彦は面白い
日本の苗字。仲宗根と中曽根がありますね。
南琉球宮古島には昔仲宗根の豪族がいました
ヤマトでは軍事刑罰担当の物部氏とも言われてます
出雲口伝好きですーありがとうございます☺️❤️
すんごい考察です!聞いてて飽きないワクワクしますね。続きも楽しみです!
お話聞きながら、知らないことをネットで調べるのが楽しい。
宍粟地方って初めて聞いたが、鉄が取れるところで、備前の刀にもつながっていくんですね。
記紀よりリアルでした。
徐福2度目の上陸地近くの出身ですが、今でも地名(千布)や草の名(フロフキ)など残っていて、良くも悪くも衝撃的だったのだろうなと思います。筑紫の古い星の名前で、五十の星はシリウスを指すそうです。何か関係あるかな〜
今回もテンポ良く分かりやすい解説、どうも有難うございました🙏出雲口伝はだいたい把握してきたものの、ヒボコのところは手薄でしたので、勉強になりました。文字だけで記憶していると、色々な名前が出てきてもなかなか記憶に残りにくいですが、こちらのチャンネルのお陰で、イラストと人物が結びついていたり、イツセが矢に射られたシーンも「あ~、以前、小学生も喜びそうなサム劇場で観たあのシーンね」と思い出せたりと、記憶に残って色々と結びついていくので、とても有難いです☺。天皇の系譜シリーズもこれから拝聴します(^o^)丿
サムさんの頭の中には系図があるんでしょうね!…隠れた系図や名前を変えてたりとしてるのも…実際に確認する為の系図表や口伝対比の年表等作っておられたら拝見したいです!ややこしすぎます😅
サムさん本当にありがとうございます。ツーランドさんの動画から記紀に興味を持ち出し、正統竹内文書を知り、むっちゃんの本を読みました。その後出雲口伝に出会い、大元出版の本を読み漁りました。だからこそ、最近の天皇の系譜シリーズを観ているとサムなんでやーっと思うところもありました。しかしながらこの動画の伏線でした。この動画が一丁目一番地です。確かに正統竹内文書は夢があります。この動画の更に古代を紐解く鍵が含まれているかもしれません。でも今日の動画は日本古代史の一丁目一番地です。この動画を世に出してくださったサム氏を更に好きにならざるを得ません。誠にありがとう。
ツーランド❌
トゥーランド⭕
一丁目一番地、とてもわかりやすい表現だと思います。
村雲の話をしてくれてる人いて感動してる。
これを待ってた😂
何時も楽しく観させて頂いております、歴史の勉強になって助かっています、感謝🙏
此れからも、応援していきます
紀記と出雲口伝と宮下文書とで混乱してしまう。
どれも全然、違う話ではなくて似通った部分があるのは不思議だな。
系図が画面にずっとある方が解りやすいです。
今回も楽しく拝見させていただきました😊
次回の展開がものすごく楽しみです❤
先週、家族で熊野本宮大社に行ってきたので、凄く嬉しいです!
何かわからないけど凄いパワーを貰った感じはありました!
納得です😊
出雲族が現在まで王朝を続けられなかった理由が分かった気がしました。
また夜にでも感想を書きたいと思います!
今回もわかりやすく
面白くてあっという間でした!
海幸彦(海部氏?)山幸彦(物部氏?)と海神の神話の深掘りもお願いしますっ!
歴史のモヤモヤしていた部分が、スッキリ晴れた思いです❤ありがとうございます
うわ~。。。ビックリしました。いろいろと情報が記紀と違いすぎて。この時代から考えると、多分、現代は2600年くらい経過してると思いますので、今となっては推測するしか出来ませんが、現代まで残っている風土記が5つの地方しかないのは、もしかしたら、この出雲口伝の有力な傍証となる出来事を語り継いでいる内容を抹消するための、一種の焚書だったのかもしれないな、と動画を見ながら思っていました。
歴史書は、常に勝者側の記述だ、と個人的に思っていますので、おそらく、この情報の違いは、出雲口伝の話が捻じ曲げられた結果、古事記や日本書紀の内容に都合よくそれらが記載される時の編纂者の手で、もしくは当時の権力者の指示で、中身が書き換えられているのでしょうね。
現代の会社でも、特許権の発明者の名前は無名な人(研究実績がなく、専攻科目を卒業したわけでもない人)の発明だと、企業イメージ的に体裁が悪いために隠蔽されて、社内のどこかの研究施設が発明したことにして、IRでの発表や新聞記事に発表することが本当にありますし、(もちろん、これは違法な出来事であり、詐欺情報の作成であり、特許法にも間違いなく抵触する出来事ですし、商法の意味でも大きな問題になる隠蔽です)私自身がその被害を直接受けた経験を持っておりますので、それは大いにあり得ると思っています。
そういう隠された出来事があった、と後世の時代になってからでも、判明する、というのは、それだけで隠されてしまった側の痛みに焦点があたることになりますので、それを都合が悪いと考える人達にとっては、確かにまた、覆いかぶせるために、何らかのアクションがあるかもしれません。どうぞ、身辺にご注意をなさってください。
続きが気になります。
早く見たいです〜😊
奈良の桜井市には出雲という地名があったり磯城郡もあるので出雲国の名残なんですね。
週の真ん中水曜日!
毎週ありがとうございます!
出雲口伝と考古学の一致!
徐福は、出雲の次は佐賀県に来ました。吉野ヶ里遺跡と北九州一帯が徐福の2番目の息子ホホデミ(物部)の王国で、所謂九州王国やウガフキアズ王朝ですね。
ここ吉野ヶ里で出土してる米が、徐福が住んでた山東半島の斉国の村(現徐福村と呼ばれてる)のすぐ近くの焦庄(ショウショウ)遺跡で出土してる米と同じ同じ大きさと形をしてます。
佐賀県は吉野ヶ里が徐福が来た村だと公式に結論して、徐副館を建ててHPを公開してますけどその中で二つは同じ米だという見解を示してます。特徴的な大きな米粒です。
ただ徐福が持ち込んだ水田稲作の米は野生の米に近くて不味かったので流行りませんでした。その後ジャポニカ米として日本列島に定着した米は徐福が来るより700年も前に北九州に持ち込まれた米です。中国の呉から朝鮮半島を経由して伝来したと言われてます。物部はこの先代渡来系とさっそく戦争して男は殆ど皆殺しにしてしまってることが遺跡から分かってます。徐福の先祖は徐国の王族で、徐国は呉に滅ぼされてますので、「ここで遭ったが何百年目」だったかもしれません。
吉野ヶ里では秦国時代の弩(ボウガン)が出土してます。瓶型の墓も中国の東海岸の文化です。
弥生人の骨の特徴は斉国の山東半島の人に最も近いことが考古学的に分かってます。
中国の調査では徐福が連れていった中国人は山東半島の千童鎮の少年少女と、慈谿市と少年少女ということです。
だから出雲そして京都奈良と移動した中国人が千童鎮の人達で、佐賀に来たときが慈谿市のですね。後者が物部王国の担い手になり、3世紀の第2次物部東征で物部軍はヤマト国に集団移住しますので、これが古墳人となります。古墳人の骨の特徴は慈谿市辺りの中国人に最も近いことが考古学的に分かってますので、もうぴったり出雲口伝と一致してます。
だからほんとこの口伝は別格にすごいんですよ。
さらに中国門外不出のはずの絹織物の生産が北九州で行われてましたが、徐福が連れてきてた職人によるものですね。この絹と中国道教の神獣鏡も第2次物部東征の後の時代に畿内で出土するようになってます。
山東半島の北の千童鎮や現在の北京市辺りの人達の中にはY染色体ハプロが漢人とは違う、O1b2が数%ですが存在してます。
O1b2人は元々中国の長江文明の担い手で稲作をして女神信仰だった人達の生き残りの可能性があります。
倭って女の上に稲という字です。この長江文明人は黄河文明人に侵略されてぼろぼろにやられほぼ消滅して正体もよく分かっておらず古代中国で倭族とか呼ばれてます。
鬼界カルデラ噴火前に九州に住んでて大陸に渡った九州人かもしれません。この人達は中国で高床式の住宅に住んでて刺青の風習があったそうです。縄文人と言うと所謂D1a2aとC3やC1なので、O1b2はそれとは別種で九州倭人と言うしかないですが。
なので徐福がその千童鎮から出雲に連れてきた1500人ほどの童男童女、その後京都奈良と移って弥生人となった者達は出戻り組・・・となるかもしれません。
1世紀に渡来したヒボコ族の家来もO1b2の可能性が十分あります。朝鮮にはO1b2はいっぱい居ますので。王族のヒボコ本人は中国由来かもしれないので遺伝子は分かりませんが。
徐福に慈谿市から筑紫に連れて来られた3000人の童男童女らは漢人O2でしょう。慈谿市江蘇省辺りはO1b2は検出されてませんので。
司馬遷の史記に2度目の渡航で連れて行ったのは”良家”の童男童女ってありましたから、良家はそりゃ漢人でしょう。倭族は蔑まれてたでしょうから。
古墳人とも繋がるのですね。海男、海女の海童とよばれる少年少女たちは、口伝によると、ユダヤ家庭の子女を募集したようなことが書かれていましたが、
千童鎮の地名からの意味なのですね。本当に考古学との一致は、これからますます文献や、遺構など物証とともに出てくると思います。
生々しくもイメージできる😮出雲口伝面白い!!
ダメだ、わけわからんくなったw
動画待ってました!
今回もワクワクする動画ありがとうございます。
話を聞いてて一個だけ気にしてたのは天照大神は男神という話があるって点ですが
徐福なんですかねえって思うと納得するというか。
女性に変えた理由はやっぱ隠すためなのかなとか思っちゃいますね。
三種の神器の1つがアマノムラクモノ剣となっているのは何でなのか知りたいです。
2:52 南インドでドラヴィダ人と呼ばれる人達いたよ 黒い皮膚
3:55 おおなもち = 大国主 暗殺され
27:18 播磨 出雲の一部
32:36 和国 70年
おもしろーい!ちょうど先週出石、但馬に旅行したところだからわくわくします!
吉野ヶ里、飛ばしましたね😮
習った歴史はなんやったん?ってなりますね。😂
他の古書より
はるかに納得感あるししっくり感あるな。
他のは相当、ごまかし嘘ぶいてる感じがあったし
なんかすごい 神様?んー?ごまかしたなあ? ってかんじだったけど
これならわかる。
なんか、頭の理解というより
もっと底のほうで
あーそう、それそういうかんじ
みたいな納得感、ふにおちたかん。
全部がって訳じゃないだろうけど
いままできいてきたわけわからないはなしより
ベースはほぼあってるのではないかとおもった。
てかめっちゃ外からきた人散々してるやん。
滞在 させていただく というこの感性がなければ無理やとおもうわ。
あーでも武力支配の文化でいきてきたひとなら
させていただく → 支配されるがわ になってこわいとでもおもったかな
だとしてもこっちにあわせてもらわなあかんねんけど。「無礼」はこの国では一番のタブーよ。礼と感謝をしめすことばをはけないひとにはなにも与えない。
なにができるこれがやれるより、ここ。
いつも楽しく拝聴させていただいております。
偶然かなと思ってましたTOLANDさんの動画を観ながら寝落ちすると 動画の内容には関してないけど不思議だったり神聖だったりする夢をみます。昨日はラフレシアみたいなでっかい 蓮華がでてきました 夢占い調べてみたら
蓮華の花言葉に 雄弁と言うのがあって人の心を動かす説明という意味があるそうです。
夢にでてきた蓮華はサムさんそのものなのかしら?と思い嬉しくなってコメントしました
これからも動画楽しみにしています
奈良 葛城 登美ヶ丘ってある!!すごいなぁ!!
タニハにいる海部氏から攻められ但馬から追い出されたヒボコが播磨に攻めたという話は、世界史で見てもフン族から攻められ住処を無くしたゲルマン民族がローマに攻めてきたのとまるで同じです。その点でも変なリアリティがありますね。
不比等のストーリーを信じている方々が哀れに思えてくるぐらいの内容ですね。
いつも、楽しく観させて頂いています😁✨トゥーランドブログさんの新着動画の告知が出る度に、おっ!となってます✨1番気になったのはアマテラスがどこから来た神様なのか、という所が気になりました。センシティブという事は...地割れどころじゃなく断裂クラスのお話がある事を意味してると感じるのは自分だけかなぁと、思っております。
是非、観たいです!
出雲の「出」の縦Iを抜くと「土」、土雲(土蜘蛛)になるのが以前から気になっています。
常陸国はじめ各地にいた豪族です。
穴群遺跡は鉱脈探し、古墳は錬金作業工場跡という説もありますね。
古代から本州独自の錬金技能はあったと思われます。海を隔てて交流することで更に技術向上でしょう。
お蚕様の雑種は既にいた(飛来説 蛹孵化説)ようですが純白上質化は伝来かもしれません。
シルクロードは日本からかも。現在教科書ではシルクではなくオアシスになりビックリです。
ワクワクします♪
いつも尺が講義レベルなんですよねー。こちらも集中して観てます😊❤
実は、出雲口伝も、宇佐古伝も、籠神社の伝承も実は言ってる事が一緒なんですよね。
神武が架空化されたことによって、村雲、佐野命(ウマシマデ)、崇神(物部イニエ)が、全部神武って呼べる状態になってるから、各神社が全部神武で呼んでるだけの話。
重要なのは、伝承を保持している旧家にとって、我が国には欠史が存在していないという事
空白の4世紀なんて、そっちの方がファンタジーという事なのです。
110 nari様、
まさにその通りだと思います。
出雲も、後から渡来の徐福の子孫達の海部の海部勘注系図にしても、物部の先代旧事本紀にしても、共に核心は同じ内容を言っている。
正史に沿うように工夫していることはありますが、
後世に伝えたいことは、みな同じなのだと思います。
欠史8代とする説の方が説得力のないファンタジー物語だろうと思えて来ます。そうしてみると、今後、出雲の東王家だけではなく、出来るものであれば、是非出雲西王家郷戸家の伝承も世に出てくると良いな。と思っております。
@@nihontaro9 様
出雲伝承の本をお読みになられている方とお見受けいたします。
(でなければ神紋臣家ではなく、郷戸家とは書けませんので藤林本をお読みになられていると思われます)
諸事情ございまして、大元出版のHPは今後更新されないと思われます。
何故知っているかはお聞きになられないで下さい。
大元出版の最新版は
①五條桐彦先生の「人麿古事記と安麻呂書記」
②藤林先生の「出雲散家の芸と大名」
という本になっています。HPには出ておりません。
①は、古事記の編纂室(絶版)→古事記と柿本人麻呂→の分かりやすい版として出版されています。
あと、飛鳥文化と宗教騒乱(絶版)→上宮太子と法隆寺(現行版)には富編集長のお写真が新たに入っていますよ~。
谷戸先生と、勝先生の本はまずこれからも出ないと思われますので入手がまだでしたら急いでみてくださいね。
@@110nari8 様、ご丁寧なコメントをくださり、ありがとうございました。とても参考になります。お声をかけさせていただいて、良かったです。早速手に入るかどうかわかりませんが頑張ってみます。今後とも貴重な情報やアドバイスをよろしくお願いします。
いつも楽しく拝聴させてもらっています
とで面白い歴史考察
勉強になりますしみなさんのサーチ能力は頭が下がります
リクエストなんですが
言語の歴史も紹介して欲しいなと思います
これだけ昔から混血を繰り返しているとどの様な言語を元に日本語が生まれ世界最古の言語となったのか?
ぜひよろしくお願いします!
Xで言語学オタクの人達をフォローすると、面白いですよ
出雲口伝のストーリーは殆どの古文書が繋がり、目から鱗です。徐福が三度の来日によって日本が大きく変化したのであれば歴史がひっくり返る大発見です。
徐福ダメじゃん
雄牛のツノを冠にしたアメノヒボコの姿と吉備の鬼の姿が重なります😁
播磨と吉備、隣同士ですし、吉備津彦が活躍した時期も倭国大乱で重なりますね😄
また、アメノヒボコの勢力に出雲(出雲に残った)が押されていたとすると、加茂岩倉遺跡・荒神谷遺跡から大量に見つかった銅剣・銅鐸は、吉備に押された出雲が、自らの祭祀を封印した・もしくは捨てさせられた可能性も考えられますね😊
そして、新たに出現したアメノヒボコ(吉備)に対抗して、大和(海部に由来)と物部(北九州)の連携を取り持ったのが阿波(四国)だとすれば、地理的にも系図的(8代天皇から物部・阿波に由来した皇后・妃が増える)にも繋がりますね😌
TOLANDさん、凄すぎる
面白い🤩🤩🤩
チャンネル登録しました!
いいところで続く、、、!😂
高槻市に登美の里町という町名がありますが、登美家と関係ありなのかな?
いつも楽しく見させてもらっています。ショーゲンさんとのコラボもとても嬉しかったです。
サムさんは【絵本作家のぶみチャンネル】さんご存知ですか?
小さな子の胎内記憶の話をされてる回で、子どもさんが「今生まれても流されちゃうから産まれてくる子が減ってる」「今生まれてる子達はお母さんを守りたいから生まれてきた」と言っているそうです!
そして2026年からは神様の時代になるとも。
見ていて、サムさんにも見てほしい!出来ればコラボして欲しい!
と思いました。
あくまで口伝通りとするなら、やはり徐福が諸悪の根源の糞以外の何物でもないという所感にしかならんが。
ここから先がきっと動画として面白いところで、北陸蘇我氏の継体帝が、実は富家の養子入りした先だったりするので・・・
今後そのあたりが動画でも今後公開されると思われます。
遺伝子的な男系は実は現在では物部氏ではなく富家に繋がります。物部氏は欽明の女系でしか遡れません。
私の叔母は村雲家に嫁に嫁ぎました。
何か関係が、あるのでしょうか?ビックリです。
息子の同級生に名字が「むらくも」と言う人がいたそうです。漢字は違うそうです。「村雲さん」です。
紀伊半島地域には
オオソネ(大曽根)
ハイダ(早田)
ハダス(波田須)
徐福伝説もあったり
また祭ばやしが ヘブライ語ですと資料館に普通に展示されています
またケルトとの繋がりもあると言われている本もあります
とても面白い自然豊かな地域です
サムさんに取り上げてもらってとても嬉しいです(^^)
尾張国一宮、真清田神社のご祭神が天火明なのが、出雲口伝で納得できました。
タイムマシンで過去に行ってみれば判るけれど、過去というのは記憶だから、人の信念体系によって過去の出来事も変わってくる。過去というのは物語みたいなもので、大切なのは今をどう生きるかだけ。
出雲口伝の続編楽しみにしてました😀八咫烏は天之日矛なんじゃないかと予想しています。
出雲口伝読むと八咫烏についてもわかります。ちなみにヒボコさんではないようです。
八咫烏とは、、次回が楽しみですね。
@@ぐるぐる太郎-r2c 出雲口伝は市販されているのですね💦私も購入を検討してみたいと思います。
お二人様、動画🎥お疲れ様でございます❤
たくさんの情報一気にいただき
誠にありがとうこざいます。
反芻しないと呑み込むのに時間を要するようです。