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娘が音楽経験無しでバイオリンを興味本位で試してレッスンを始めたのが11歳、指テープを貼っても結局見ることはなく、耳で音を探して弾いていたので、先生から剥がしましょうと言われました😅。今も好きでバイオリンを続けています。
13歳(中一)から初めて今現在15歳(中3)です。音楽が大好きで音大目指してレッスンや勉強頑張っているけど、やっぱり音大を目指す人は幼少期から始めている人がほとんどですよね🥲全く自信ないし技術も音楽能力も足りないけど絶対に音大行きたいので頑張ります。
楽器を弾けなくてもお母さん、お父さんが音楽が好きという事が、子どもたちがヴァイオリンやピアノなんかの楽器を習う事以前に大切だと思います。音楽が環境として家にある。楽器を弾くことはいつからでもスタートできます。
私はピアノと和楽器を弾きますが、和楽器の世界では、古来から「稽古始めは六歳の六月六日から」といわれます。
666って・・・・
@@雪銀-SnowSilver そうなんです。キリスト教では「666」は不吉な数字ですが、日本では違います🙂
リクエストなのですが、シューベルトのアヴェマリア解説動画出してほしいです〜
僕の知人が70年前ころ言いました。「人間は生まれたら誰でもヴァイオリンを習う」って思ってたアッチャ~(92歳ポンコツ爺)
ありがとうございます!ちなみに自分はヴァイオリンは9歳から大学に入るまでやってました!
いくら早く始めてもやる気がないのでは何年かかっても無理。チャーリーパーカーは2年間毎日12時間練習して自分のJazzを確立したそうです。まぁバイオリンに限らず上手な人は沢山いるのでどこを目指してやるかが問題ですね。🤗
うちは、子供全員幼少期からピアノをやらせてますが、バイオリンは楽器そのものもピアノに比べればやすいし、ピアノぐらい手軽に習えたらいいのにとは思います。ドラムがバイオリンをやらせてみたいとは前から思っているのですが、楽器2つはシンドイかなあと思い、そのままになってますね。うちの場合
いつも楽しい配信ありがとうございます。サムネ画像が今までにない妖艶な写真で今後愉しみになってきました。
私は5歳からヴァイオリンを始めて、11歳からピアノを始めました。早く始めたおかげなのかヴァイオリンで音感がついたので、ピアノを始めた時、結構進みが速かったです。他の楽器をやると、色々プラスになると思いました。(楽器2つの練習は疲れましたが)自分はピアノの生徒を取るときは、5〜6歳が最低年齢にしてます。5歳でも落ち着いて話を聞ける子もいるし、6歳でも全然聞けない子もいる。ホントにその子によるなあと思います。じっとして話を聞けるのも大事だけど、なにより弾けるようになりたい!!って思う生徒は、やっぱり進みが速い!結局は本人のやる気が一番大事かな?
中学校からはじめてプロになった方知ってます
職業演奏家になろうとなるまいと、上達の為には色々な練習曲や作品を勉強せねばならない、その為には、少しでも早い年齢から始めないと間に合わない。従って、必要となるであろう期間を逆算したら、始める年齢が早くなるのは当然の事なのでしょう。
そそ、腕を磨く😸
奏先生、皆さま。二階堂のコマーシャルって良いですよね~👍th-cam.com/video/oYFt3V3FQ94/w-d-xo.html
年齢問わずですが、自分で考えられない人、人の話を理解できない人、自主的に練習や勉強ができない人は仕事でも趣味でもやめておいた方が良いと思う。子供に関しては音楽や親がして欲しい楽器等を興味を示すまで流したり弾いて見せたりして自主的にやりたいと言うまでは習わさずにオモチャ程度に遊ばせてあげてたら良いと思います。そう言った段階を踏まえて習わすなら5〜6歳くらいが一番早い年齢なんじゃないかな。教える先生も仕事だから強く言えないでしょうが、聞き分けのないやらされてる感満載の子供は正直迷惑かなと思います。
辻井伸行さんだったと思いますが、おもちゃのピアノにすごく興味を示したそうです。本当に小さいころにおもちゃのピアノを与えてみて、興味を示さないのであれば音楽家は向いてない、と判断できそうに思います。
@@雪銀-SnowSilver あまりにも早計な極論。長じてから始めて有名ミュージシャンになった人もいらっしゃるでしょうに。
@@Taka-Musics-Labo さんコメ主さんの> 子供に関しては音楽や親がして欲しい楽器等を興味を示すまでという部分に対してのレスです。とりあえず音楽家に向いてないと思っていいと思います。後に楽器に興味を示せば、その時はその時でいいとは思います。ひょっとして音楽家になるかも、くらいには。
7~8歳で始めて遅い方なんですか!?プロの世界はすごいですね。
ヴァイオリンも他の楽器も、何歳から始めても良いと思います。僕は5歳からヴァイオリンを習い始めて、本日令和5年2月27日(月)現在は音楽大学3年生です。ヴァイオリンも他の楽器も、何歳から始めても良いと僕は思います。適応年齢とお子様の状況で、判断となるかと思いますので、全体に何歳から始めるべきとは、僕も明確には言えないと思っています。
やっぱり音楽で「テクとハートという両輪をつなぐ車軸」は言語なんでしょうか。
眼を瞑って、バイオリン弾けるのは。先生のお陰
ドイツキッズだと、その三つの条件クリアは早くて5才、普通で7才(〜8才、つまり、小学2年生) です〜😂
ヴァイオリンに関してはプロやハイアマの場合、例外なく年齢一桁から始められてる様ですね。吹奏楽器の場合、プロでも中学部活から始めた人が多い(そもそも子ども用楽器が存在するのはフルートだけ:それでもせいぜい小学生から。)です。かな先生の教室はガチ路線しかないと思いますが、大多数の大人が興味あると思う、大人から始める趣味のヴァイオリンについて、私の経験と見解を書きます。まず大前提として、私の場合、擦弦楽器にしろ吹奏楽器にしろ、楽器で歌モノを情感豊かに歌う様に弾くという目的は最初から一貫してます。(生ギターは弾き語り用。Eベースやキーボードは一人アンサンブル録音用)いわゆる難曲ややたらと音数の多い曲や難解な前衛音楽(めったに公共の電波には乗りませんが)は、FMラジオから流れてきただけでチャンネルを変える程、拒否反応を示してしまうのです。そういう曲が好きな方には申し訳ありませんが、私の生理反応なので、どうしようもないのです。私にとって音楽とは、感情に訴えるモノでなくてはならないのです。今では、大人向けのヴァイオリン教室など別に珍しくもなんともなくなりましたが、私がヴァイオリン始めた30代はまだ子どもから始めないと無理という偏見が蔓延してましたね。職場で外国人にもそういう事言われましたもん。これは、指導者が右脳型で、更に代々右脳型教育が続いてきた為と私は分析してます。音楽で飯食っていける人は間違いなく天才だと思うので、自ずと右脳型が多いのでしょう。千住真理子氏の様に、趣味のヴァイオリン教室番組持たれてた左脳型と思われる天才もおられます。野球でいう、イチロー選手タイプでしょうか。しかしながらアイデンティティーある大人にとって右脳型教育は人格否定にも繋がりかねない、到底受け入れがたい行為ですね。私だったら、それでよくのうのうと飯食っていけるなあ?金返せ!と言うでしょうね。大人が他人から金を受け取るのは命をやり取りするのと同じで、とても重い事なのです。そういう事が昔の右脳型指導者には理解出来なかったから、大人には無理などという迷信が蔓延っていたのでしょう。それが間違いであった事は、時代が証明しました。まあ、どういう次元を目指すか次第なのですが、右脳型指導者には自分とは異なる次元やベクトルの世界が存在する事自体理解出来ないのでしょう。長嶋監督が選手としてはスーパースターだったが、監督としては散々だった様なモンでしょうね。でも、昭和の学校教師にもそんなのが多かったので、天才=右脳型自体が私の偏見の様な気がしてきました。仮にも天下の長嶋監督と学校教師が同じ次元なわけないですね。というわけでここで一服ですが、セブンカフェのコーヒーは清涼感がありますなぁとアイスコーヒー飲みながら書いてます。これで110円は素晴らしい。サーバーの浄水ユニットが研究に研究を重ねた自信作なのだそうです。話はヴァイオリン練習に戻りますが、1日の労働後に家族や年上の仲間の練習を見ながら自分も練習してた、読み書きすらまともに出来なかった時代の零細農アイリッシュフォークフィドラーや、安い給料をウエスタンブーツオーダーにつぎ込むくらいしか楽しみの無い、牧場で働く無学な若者のカントリー&ウエスタンフィドラーが英才教育なんぞ受けれますか?(ただし現代のプロ奏者は英才教育クラシック出身者が多い様です。)そもそも、アイルランドや、その出身者が多い新大陸ではフィドル(英語圏でのヴァイオリンの事)は焚き火を囲んだ夜の酒盛での踊りの簡単な伴奏に使う様な民族楽器で、新大陸のキリスト教会(主に酒を敵視するプロテスタント)は、その刺激の強い音も含めて人身を惑わす悪魔の楽器として忌み嫌ったくらいです。ちなみに当時のプロテスタント教会に相応しい楽器とは、パイプオルガンは別格として、フルート(単なる木に穴を開けただけの横笛だったと思われる)やトロンボーン(自由に音階を出せる金管としては唯一産業革命前から存在する)などの比較的柔らかい音色のモノだったそうです。元々のフィドル演奏はヴィブラートやポジション移動は使わない、場合によっては顎で挟まず肘関節と手で支えるといった、ヴァイオリンの祖先であるヴィオール時代の古典的な特徴を受け継ぐ奏法なので、現代のヴァイオリンの様な高度な演奏は存在しませんが。ちなみに、同じ頃の日本では、確か伊達藩だった様な気がする裕福な農村の村祭りの詳細な出納記録が残っているのですが、博徒や娼婦が集まり治安が乱れる事を恐れて難色を示す代官を村の若者たちがなんとか説得して開催にこぎ着けた村祭りの出し物の練習の為に、江戸の三味線師匠を五十両で雇って(今の金でいくらかは知らん。)半年間毎日みっちり稽古をつけてもらったそうです。出典:Eテレの日本史番組。幕末の開国後に日本を訪れた外国人が驚いたのは、通りにゴミが全く落ちてない事と、庶民が普通に読み書きしてる事だったそうです。経済が半年間の付け払い制だったので、売る方も買う方も計算に強くないと破綻してしまうからなのですが。江戸期の庶民の知的水準が同時代の世界の庶民の中で飛び抜けて最高だった事に異を唱える歴史学者は皆無でしょう。遠く時代を遡れば、戦国時代に鉄砲が伝わってわずか2年で世界最大の鉄砲生産国となり、世界最強と吟われたスペイン艦隊に軍事侵略を思いとどまらせた事や、実はキリシタン大名達から敵対藩の領民を奴隷としてひそかに売買していたイエズス会宣教師を宗教論でことごとく論破していた庶民の姿に繋がると思います。むしろ貧富の差が広まったのは明治の近代化以降で、軍事産業育成の為、富と人材を巨大資本に徹底集中させた国策資本主義の結果貧富の差が広がり、不況になると若い娘の身売りなど悲惨な状況となり、貧しい農村出身者が多かった、怒り狂った若手将校による軍事クーデター事件が起きたり、日本の生命線である石油などの海外の資源確保の為に軍国主義化したりしたのです。しかしながら、富国強兵路線を取らなかったら、となりの清国同様、西洋列強に食い荒らされていたのは間違いありません。西洋の伝統的価値観は、支配するかされるかの二択しかないのです。欲に駆られた者に話し合いなど通用しない事は、現在のロシアを見れば明らかです。さて、現代の日本での話(というか私)ですが、ヴァイオリン練習はよく自転車の練習に例えらますが、その気になれば、自転車運転を理論的に分析する事だって不可能ではありません。 あまりにも不安定要素が多いので、普通はそんな事やりませんが。 人型ロボットなんて、人間の動きをひたすら分解的に解析する事によって造られた存在なのです。そんな開発現場に必要なのは天才ではなく、気の遠くなる様な地道な作業も厭わない努力家です。ただし、それらの複合動作を無意識にやれる様になるまで体に覚え込ませないと、とても曲など弾けません。覚えるのは自分なので、私の様な独学者は当然の事ですが、スクールで習う人も結局は自分次第です。自分のお金と時間を使って、自分が練習して、自分が価値を覚える事を成し遂げる作業なので、いくら左脳派でも強い欲と執念深さは必要です。他人の目を気にしない精神力も必要です。お金も時間もあるから、音楽「でも」やってみようではモチベーションが続きません。私の経験だと、技術系スポーツ経験者は物覚えが早いと感じます。私がヴァイオリン始めたのは、久しぶりに山へ単車で林道走りに行った(当時の九州中央山地は未舗装林道だらけで、他地域からライダーが訪れる程、オフロードツーリングのメッカだった。)帰りに小腹がすいて立ち寄ったピザ屋のインテリアにエレキヴァイオリンが飾られており、店主とヴァイオリンの話しで盛り上がったのがきっかけでした。始めた頃は、毛の引っ掛かりを感じながら弦の狙ったポイントを振動させる感覚と、滑りやすい砂利道で、尻で後輪のグリップを感じながら狙ったライン取りする感覚は似てるなぁと感じてたものです。でも、中学生から隠れさだだったので、ヴァイオリンいいなあとは思っていたんですよ。
サムネちゃんと作る暇も無いくらい忙しいんですか?ご自愛ください。
それですー!!!大変すぎてはげそうです。詳しくはブログを…
娘が音楽経験無しでバイオリンを興味本位で試してレッスンを始めたのが11歳、指テープを貼っても結局見ることはなく、耳で音を探して弾いていたので、先生から剥がしましょうと言われました😅。今も好きでバイオリンを続けています。
13歳(中一)から初めて今現在15歳(中3)です。音楽が大好きで音大目指してレッスンや勉強頑張っているけど、やっぱり音大を目指す人は幼少期から始めている人がほとんどですよね🥲全く自信ないし技術も音楽能力も足りないけど絶対に音大行きたいので頑張ります。
楽器を弾けなくてもお母さん、お父さんが音楽が好きという事が、子どもたちがヴァイオリンやピアノなんかの楽器を習う事以前に大切だと思います。
音楽が環境として家にある。
楽器を弾くことはいつからでもスタートできます。
私はピアノと和楽器を弾きますが、和楽器の世界では、古来から「稽古始めは六歳の六月六日から」といわれます。
666って・・・・
@@雪銀-SnowSilver
そうなんです。キリスト教では「666」は不吉な数字ですが、日本では違います🙂
リクエストなのですが、シューベルトのアヴェマリア解説動画出してほしいです〜
僕の知人が70年前ころ言いました。
「人間は生まれたら誰でもヴァイオリンを習う」って思ってたアッチャ~(92歳ポンコツ爺)
ありがとうございます!ちなみに自分はヴァイオリンは9歳から大学に入るまでやってました!
いくら早く始めてもやる気がないのでは何年かかっても無理。チャーリーパーカーは2年間毎日12時間練習して自分のJazzを確立したそうです。まぁバイオリンに限らず上手な人は沢山いるのでどこを目指してやるかが問題ですね。🤗
うちは、子供全員幼少期からピアノをやらせてますが、バイオリンは楽器そのものもピアノに比べればやすいし、ピアノぐらい手軽に習えたらいいのにとは思います。ドラムがバイオリンをやらせてみたいとは前から思っているのですが、楽器2つはシンドイかなあと思い、そのままになってますね。うちの場合
いつも楽しい配信ありがとうございます。サムネ画像が今までにない妖艶な写真で今後愉しみになってきました。
私は5歳からヴァイオリンを始めて、11歳からピアノを始めました。早く始めたおかげなのかヴァイオリンで音感がついたので、ピアノを始めた時、結構進みが速かったです。他の楽器をやると、色々プラスになると思いました。(楽器2つの練習は疲れましたが)
自分はピアノの生徒を取るときは、5〜6歳が最低年齢にしてます。5歳でも落ち着いて話を聞ける子もいるし、6歳でも全然聞けない子もいる。ホントにその子によるなあと思います。じっとして話を聞けるのも大事だけど、なにより弾けるようになりたい!!って思う生徒は、やっぱり進みが速い!結局は本人のやる気が一番大事かな?
中学校からはじめてプロになった方知ってます
職業演奏家になろうとなるまいと、上達の為には色々な練習曲や作品を勉強せねばならない、
その為には、少しでも早い年齢から始めないと間に合わない。
従って、必要となるであろう期間を逆算したら、始める年齢が早くなるのは当然の事なのでしょう。
そそ、腕を磨く😸
奏先生、皆さま。
二階堂のコマーシャルって良いですよね~👍
th-cam.com/video/oYFt3V3FQ94/w-d-xo.html
年齢問わずですが、自分で考えられない人、人の話を理解できない人、自主的に練習や勉強ができない人は仕事でも趣味でもやめておいた方が良いと思う。
子供に関しては音楽や親がして欲しい楽器等を興味を示すまで流したり弾いて見せたりして自主的にやりたいと言うまでは習わさずにオモチャ程度に遊ばせてあげてたら良いと思います。
そう言った段階を踏まえて習わすなら5〜6歳くらいが一番早い年齢なんじゃないかな。
教える先生も仕事だから強く言えないでしょうが、聞き分けのないやらされてる感満載の子供は正直迷惑かなと思います。
辻井伸行さんだったと思いますが、おもちゃのピアノにすごく興味を示したそうです。
本当に小さいころにおもちゃのピアノを与えてみて、興味を示さないのであれば
音楽家は向いてない、と判断できそうに思います。
@@雪銀-SnowSilver
あまりにも早計な極論。
長じてから始めて有名ミュージシャンになった人もいらっしゃるでしょうに。
@@Taka-Musics-Labo さん
コメ主さんの
> 子供に関しては音楽や親がして欲しい楽器等を興味を示すまで
という部分に対してのレスです。
とりあえず音楽家に向いてないと思っていいと思います。
後に楽器に興味を示せば、その時はその時でいいとは思います。
ひょっとして音楽家になるかも、くらいには。
7~8歳で始めて遅い方なんですか!?
プロの世界はすごいですね。
ヴァイオリンも他の楽器も、何歳から始めても良いと思います。
僕は5歳からヴァイオリンを習い始めて、本日令和5年2月27日(月)現在は音楽大学3年生です。
ヴァイオリンも他の楽器も、何歳から始めても良いと僕は思います。
適応年齢とお子様の状況で、判断となるかと思いますので、全体に何歳から始めるべきとは、僕も明確には言えないと思っています。
やっぱり音楽で「テクとハートという両輪をつなぐ車軸」は言語なんでしょうか。
眼を瞑って、バイオリン弾けるのは。先生のお陰
ドイツキッズだと、その三つの条件クリアは早くて5才、普通で7才(〜8才、つまり、小学2年生) です〜😂
ヴァイオリンに関してはプロやハイアマの場合、例外なく年齢一桁から始められてる様ですね。
吹奏楽器の場合、プロでも中学部活から始めた人が多い(そもそも子ども用楽器が存在するのはフルートだけ:それでもせいぜい小学生から。)です。
かな先生の教室はガチ路線しかないと思いますが、大多数の大人が興味あると思う、大人から始める趣味のヴァイオリンについて、私の経験と見解を書きます。
まず大前提として、私の場合、擦弦楽器にしろ吹奏楽器にしろ、楽器で歌モノを情感豊かに歌う様に弾くという目的は最初から一貫してます。
(生ギターは弾き語り用。Eベースやキーボードは一人アンサンブル録音用)
いわゆる難曲ややたらと音数の多い曲や難解な前衛音楽(めったに公共の電波には乗りませんが)は、FMラジオから流れてきただけでチャンネルを変える程、拒否反応を示してしまうのです。
そういう曲が好きな方には申し訳ありませんが、私の生理反応なので、どうしようもないのです。
私にとって音楽とは、感情に訴えるモノでなくてはならないのです。
今では、大人向けのヴァイオリン教室など別に珍しくもなんともなくなりましたが、私がヴァイオリン始めた30代はまだ子どもから始めないと無理という偏見が蔓延してましたね。
職場で外国人にもそういう事言われましたもん。
これは、指導者が右脳型で、更に代々右脳型教育が続いてきた為と私は分析してます。
音楽で飯食っていける人は間違いなく天才だと思うので、自ずと右脳型が多いのでしょう。
千住真理子氏の様に、趣味のヴァイオリン教室番組持たれてた左脳型と思われる天才もおられます。
野球でいう、イチロー選手タイプでしょうか。
しかしながらアイデンティティーある大人にとって右脳型教育は人格否定にも繋がりかねない、到底受け入れがたい行為ですね。
私だったら、それでよくのうのうと飯食っていけるなあ?金返せ!と言うでしょうね。
大人が他人から金を受け取るのは命をやり取りするのと同じで、とても重い事なのです。
そういう事が昔の右脳型指導者には理解出来なかったから、大人には無理などという迷信が蔓延っていたのでしょう。
それが間違いであった事は、時代が証明しました。
まあ、どういう次元を目指すか次第なのですが、右脳型指導者には自分とは異なる次元やベクトルの世界が存在する事自体理解出来ないのでしょう。
長嶋監督が選手としてはスーパースターだったが、監督としては散々だった様なモンでしょうね。
でも、昭和の学校教師にもそんなのが多かったので、天才=右脳型自体が私の偏見の様な気がしてきました。
仮にも天下の長嶋監督と学校教師が同じ次元なわけないですね。
というわけでここで一服ですが、セブンカフェのコーヒーは清涼感がありますなぁとアイスコーヒー飲みながら書いてます。
これで110円は素晴らしい。
サーバーの浄水ユニットが研究に研究を重ねた自信作なのだそうです。
話はヴァイオリン練習に戻りますが、1日の労働後に家族や年上の仲間の練習を見ながら自分も練習してた、読み書きすらまともに出来なかった時代の零細農アイリッシュフォークフィドラーや、安い給料をウエスタンブーツオーダーにつぎ込むくらいしか楽しみの無い、牧場で働く無学な若者のカントリー&ウエスタンフィドラーが英才教育なんぞ受けれますか?
(ただし現代のプロ奏者は英才教育クラシック出身者が多い様です。)
そもそも、アイルランドや、その出身者が多い新大陸ではフィドル(英語圏でのヴァイオリンの事)は焚き火を囲んだ夜の酒盛での踊りの簡単な伴奏に使う様な民族楽器で、新大陸のキリスト教会(主に酒を敵視するプロテスタント)は、その刺激の強い音も含めて人身を惑わす悪魔の楽器として忌み嫌ったくらいです。
ちなみに当時のプロテスタント教会に相応しい楽器とは、パイプオルガンは別格として、フルート(単なる木に穴を開けただけの横笛だったと思われる)やトロンボーン(自由に音階を出せる金管としては唯一産業革命前から存在する)などの比較的柔らかい音色のモノだったそうです。
元々のフィドル演奏はヴィブラートやポジション移動は使わない、場合によっては顎で挟まず肘関節と手で支えるといった、ヴァイオリンの祖先であるヴィオール時代の古典的な特徴を受け継ぐ奏法なので、現代のヴァイオリンの様な高度な演奏は存在しませんが。
ちなみに、同じ頃の日本では、確か伊達藩だった様な気がする裕福な農村の村祭りの詳細な出納記録が残っているのですが、博徒や娼婦が集まり治安が乱れる事を恐れて難色を示す代官を村の若者たちがなんとか説得して開催にこぎ着けた村祭りの出し物の練習の為に、江戸の三味線師匠を五十両で雇って(今の金でいくらかは知らん。)半年間毎日みっちり稽古をつけてもらったそうです。出典:Eテレの日本史番組。
幕末の開国後に日本を訪れた外国人が驚いたのは、通りにゴミが全く落ちてない事と、庶民が普通に読み書きしてる事だったそうです。
経済が半年間の付け払い制だったので、売る方も買う方も計算に強くないと破綻してしまうからなのですが。
江戸期の庶民の知的水準が同時代の世界の庶民の中で飛び抜けて最高だった事に異を唱える歴史学者は皆無でしょう。
遠く時代を遡れば、戦国時代に鉄砲が伝わってわずか2年で世界最大の鉄砲生産国となり、世界最強と吟われたスペイン艦隊に軍事侵略を思いとどまらせた事や、実はキリシタン大名達から敵対藩の領民を奴隷としてひそかに売買していたイエズス会宣教師を宗教論でことごとく論破していた庶民の姿に繋がると思います。
むしろ貧富の差が広まったのは明治の近代化以降で、軍事産業育成の為、富と人材を巨大資本に徹底集中させた国策資本主義の結果貧富の差が広がり、不況になると若い娘の身売りなど悲惨な状況となり、貧しい農村出身者が多かった、怒り狂った若手将校による軍事クーデター事件が起きたり、日本の生命線である石油などの海外の資源確保の為に軍国主義化したりしたのです。
しかしながら、富国強兵路線を取らなかったら、となりの清国同様、西洋列強に食い荒らされていたのは間違いありません。
西洋の伝統的価値観は、支配するかされるかの二択しかないのです。
欲に駆られた者に話し合いなど通用しない事は、現在のロシアを見れば明らかです。
さて、現代の日本での話(というか私)ですが、ヴァイオリン練習はよく自転車の練習に例えらますが、その気になれば、自転車運転を理論的に分析する事だって不可能ではありません。
あまりにも不安定要素が多いので、普通はそんな事やりませんが。
人型ロボットなんて、人間の動きをひたすら分解的に解析する事によって造られた存在なのです。
そんな開発現場に必要なのは天才ではなく、気の遠くなる様な地道な作業も厭わない努力家です。
ただし、それらの複合動作を無意識にやれる様になるまで体に覚え込ませないと、とても曲など弾けません。
覚えるのは自分なので、私の様な独学者は当然の事ですが、スクールで習う人も結局は自分次第です。
自分のお金と時間を使って、
自分が練習して、
自分が価値を覚える事を成し遂げる
作業なので、いくら左脳派でも強い欲と執念深さは必要です。
他人の目を気にしない精神力も必要です。
お金も時間もあるから、音楽「でも」やってみようではモチベーションが続きません。
私の経験だと、技術系スポーツ経験者は物覚えが早いと感じます。
私がヴァイオリン始めたのは、久しぶりに山へ単車で林道走りに行った
(当時の九州中央山地は未舗装林道だらけで、他地域からライダーが訪れる程、オフロードツーリングのメッカだった。)
帰りに小腹がすいて立ち寄ったピザ屋のインテリアにエレキヴァイオリンが飾られており、店主とヴァイオリンの話しで盛り上がったのがきっかけでした。
始めた頃は、毛の引っ掛かりを感じながら弦の狙ったポイントを振動させる感覚と、滑りやすい砂利道で、尻で後輪のグリップを感じながら狙ったライン取りする感覚は似てるなぁと感じてたものです。
でも、中学生から隠れさだだったので、ヴァイオリンいいなあとは思っていたんですよ。
サムネちゃんと作る暇も無いくらい忙しいんですか?
ご自愛ください。
それですー!!!大変すぎてはげそうです。詳しくはブログを…