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日曜に大河ドラマを見終わって、また明日から仕事かと憂鬱な気分になることが多いですが、こうして小和田先生の講座がアップされていると、元気がでます
大河ドラマ終了後、早々の講義、ありがとうございます。知識が身につきとてもありがたいです。いつも楽しみにしてます。ありがとうございます。
テレビでは理解出来ない部分、先生のお話を聞いて納得します。わかりやすいお話、いつも あちらこちらで出会う先生のお話を楽しみにしています。先生のおかげで歴史大好きになりました。
NHKの静御前は、あまりに美人で、また芸の素養があり儚く描かれていて切なかったですね。先生から文献を見せて頂いたり栗橋の写真を見せていただきさらに理解が深まりました。有難うございました。
貴重な解説を投稿頂き有難うございました。中々ドラマでは理解しにくい部分を深く理解する事が出来ました。次回も引き続き、小和田先生のこのような解説動画を楽しみにしております。
つい最近迄(24年10月)再放映された「川本喜八郎作 平家物語」の素晴らしさに引き込まれ、関連情報を探しているうちにここへ辿り着きました。・・・”よし野山みねのしら雪ふみ分ていきにしひとのあとぞこひしき、しづやしづしづのおだまきくり返し昔をいまになすよしもかな”を吾妻鏡を前に解説されてる所で思わず溢れ出て来るものを抑えられませでした。前段もさること乍ら、なすよしもがな・・こんな高度な詩を当時の「踊り子」が詠えることの不思議さ・・・昔の日本人のレベルの高さ、そして稀有壮大な浪漫を思う。多謝
ドラマでは、美濃だったかなぁ遊女として見かけられたと言うセリフもあった。どこかで再登場もあるかもと、素人ながら推測😂頼朝の死に絡めても面白い🎉
先生の解説、わかりやすいです大河ドラマがより面白いです
義経は、平家を壊滅させたのに静御前、家族共に悲運の武将になりましたね!吾妻鏡の和訳本を読んでいます。良く理解出来て楽しいです。先生❣️更に良く分かる解説をありがとうございます。
小和田先生いつも楽しみにしています。毎回とても勉強になります、ありがとうございます。鎌倉殿の13人を見ていて質問したいのですが、質問は何処かで受付ていらっしゃいますか?
平泉を目指した…かもしれない。歴史の浪漫を強く感じますね。
岩手には、鈴ケという神社があるとか…きたの果ては北海道にも静御前の伝承があるとか。少しでもいいので、その後義経と一緒に居られた時間があれば…と思います。行く先々で自分は死んだ事にして欲しい…と伝え歩いたのも彼女らしいことです🥲
いつも解説楽しくみています。一つ気になる情報があったのでコメントさせていただきました。中村朝定という人が義経と郷御前の息子である伝承があるそうですが、信憑性は全くないのでしょうか?伝承の根拠など小和田先生の解説をお願いしたいです。中村朝定の息子も武芸に秀でた人らしく『鎌倉殿13人』にも今後登場する可能性はあるのかと期待しています。
歴史に消えていった史上の人物を想像するのは面白いですね。
本日も解説頂き有難うございます。静御前を泳がせて義経と接触させるといっても、あの時代どうやって連絡を取ったのでしょうね。しかし頼朝の残虐さがドラマでも目立ちあまりいい気がしません。
鎌倉から京都に戻された 静御前は傷心から 源平屋島合戦から程近い (その当時から存在した 遍路87番札所)長尾寺 で (讃岐生まれの母 )磯の禅尼と二人で 得度して、短い生涯を終えたようです………
美濃の青墓って関ヶ原記念館の近くですね。この辺りに静御前の話未だ聞いたこと無かったのに何故この地名が今出てきたのでしょう?
ここでも栗橋の地名を聞くとは。民間伝承や怪談話では栗橋の名を度々聞きます。それだけ、交通の要衝だったのでしょう。多くの身内を誅した頼朝ですが、ドラマの最後、九郎の名を呼びながら泣き崩れていた姿が史実であって欲しいです。
義経ゆかりの女性の一人、静御前の消息を興味深く伺いました。もし、静御前が白拍子などでなく、有力者の娘であったとすると、その父も、産み落とされた男子同様、打ち滅ぼされたのではないか?と考える次第ですが、いかなるものでしょうか。と言いますのは、義経ゆかりの浄瑠璃姫の実家の縁者の一人である身には、かなり気になる事です。浄瑠璃姫実家の矢作長者は、頼朝に滅ぼされたような気がしますが、下衆の思い込みなのでしょうか?我が身や、一族の判官贔屓の性癖がそれに由来すると思われてなりません。
講釈師、見てきたような嘘をつく⁉
小和田先生でもその後は不明なのか
なう(☀️2022/06/05 𝐒𝐮𝐧𝐝𝐚𝐲 🌃04:14:14)
その後、ドラえもんの源静になったとさ。
そういう事だったか!有難うございます。
小さくて読めないから
実母と一緒というのが、少し救われました。一人ではなかったんですね。女性のその後というのはなかなか記録されないので、消息不明なのは仕方ないのでしょうね。
日曜に大河ドラマを見終わって、また明日から仕事かと憂鬱な気分になることが多いですが、
こうして小和田先生の講座がアップされていると、元気がでます
大河ドラマ終了後、
早々の講義、
ありがとうございます。
知識が身につき
とてもありがたいです。
いつも楽しみにしてます。
ありがとうございます。
テレビでは理解出来ない部分、先生のお話を聞いて納得します。わかりやすいお話、いつも あちらこちらで出会う先生のお話を楽しみにしています。先生のおかげで歴史大好きになりました。
NHKの静御前は、あまりに美人で、また芸の素養があり儚く描かれていて切なかったですね。先生から文献を見せて頂いたり栗橋の写真を見せていただきさらに理解が深まりました。有難うございました。
貴重な解説を投稿頂き有難うございました。中々ドラマでは理解しにくい部分を深く理解する事が出来ました。次回も引き続き、小和田先生のこのような解説動画を楽しみにしております。
つい最近迄(24年10月)再放映された「川本喜八郎作 平家物語」の素晴らしさに引き込まれ、関連情報を探しているうちにここへ辿り着きました。・・・”よし野山みねのしら雪ふみ分ていきにしひとのあとぞこひしき、しづやしづしづのおだまきくり返し昔をいまになすよしもかな”を吾妻鏡を前に解説されてる所で思わず溢れ出て来るものを抑えられませでした。前段もさること乍ら、なすよしもがな・・こんな高度な詩を当時の「踊り子」が詠えることの不思議さ・・・昔の日本人のレベルの高さ、そして稀有壮大な浪漫を思う。多謝
ドラマでは、美濃だったかなぁ遊女として見かけられたと言うセリフもあった。どこかで再登場もあるかもと、素人ながら推測😂頼朝の死に絡めても面白い🎉
先生の解説、わかりやすいです
大河ドラマがより面白いです
義経は、平家を壊滅させたのに静御前、家族共に悲運の武将になりましたね!
吾妻鏡の和訳本を読んでいます。良く理解出来て楽しいです。先生❣️更に良く分かる解説をありがとうございます。
小和田先生
いつも楽しみにしています。
毎回とても勉強になります、ありがとうございます。
鎌倉殿の13人を見ていて質問したいのですが、質問は何処かで受付ていらっしゃいますか?
平泉を目指した…かもしれない。歴史の浪漫を強く感じますね。
岩手には、鈴ケという神社があるとか…きたの果ては北海道にも静御前の伝承があるとか。少しでもいいので、その後義経と一緒に居られた時間があれば…と思います。行く先々で自分は死んだ事にして欲しい…と伝え歩いたのも彼女らしいことです🥲
いつも解説楽しくみています。
一つ気になる情報があったのでコメントさせていただきました。
中村朝定という人が義経と郷御前の息子である伝承があるそうですが、信憑性は全くないのでしょうか?
伝承の根拠など小和田先生の解説をお願いしたいです。
中村朝定の息子も武芸に秀でた人らしく『鎌倉殿13人』にも今後登場する可能性はあるのかと期待しています。
歴史に消えていった史上の人物を想像するのは面白いですね。
本日も解説頂き有難うございます。静御前を泳がせて義経と接触させるといっても、あの時代どうやって連絡を取ったのでしょうね。しかし頼朝の残虐さがドラマでも目立ちあまりいい気がしません。
鎌倉から京都に戻された 静御前は傷心から 源平屋島合戦から程近い (その当時から存在した 遍路87番札所)長尾寺 で (讃岐生まれの母 )磯の禅尼と二人で 得度して、短い生涯を終えたようです………
美濃の青墓って関ヶ原記念館の近くですね。この辺りに静御前の話未だ聞いたこと無かったのに何故この地名が今出てきたのでしょう?
ここでも栗橋の地名を聞くとは。
民間伝承や怪談話では栗橋の名を度々聞きます。
それだけ、交通の要衝だったのでしょう。
多くの身内を誅した頼朝ですが、ドラマの最後、九郎の名を呼びながら泣き崩れていた姿が史実であって欲しいです。
義経ゆかりの女性の一人、静御前の消息を興味深く伺いました。もし、静御前が白拍子などでなく、有力者の娘であったとすると、その父も、産み落とされた男子同様、打ち滅ぼされたのではないか?と考える次第ですが、いかなるものでしょうか。と言いますのは、
義経ゆかりの浄瑠璃姫の実家の縁者の一人である身には、かなり気になる事です。浄瑠璃姫実家の矢作長者は、頼朝に滅ぼされたような気がしますが、下衆の思い込みなのでしょうか?我が身や、一族の判官贔屓の性癖がそれに由来すると思われてなりません。
講釈師、見てきたような嘘をつく⁉
小和田先生でもその後は不明なのか
なう(☀️2022/06/05 𝐒𝐮𝐧𝐝𝐚𝐲 🌃04:14:14)
その後、ドラえもんの源静になったとさ。
そういう事だったか!有難うございます。
小さくて読めないから
実母と一緒というのが、少し救われました。一人ではなかったんですね。女性のその後というのはなかなか記録されないので、消息不明なのは仕方ないのでしょうね。