観翁撰集 Kanou Collections 小山泰生象翁 編
観翁撰集 Kanou Collections 小山泰生象翁 編
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市丸『梅と松』『絵元結』  小山觀翁撰集
少し撰集のアップを怠けておりました。
いいわけとしては忙しくしておりました。
さて、
再開に相応しいと思ってアップするのは
市丸姐さんさんです。
もちろんわたくしも、お目にかかったことがあります。
昭和48年7月24日収録
*********************
市丸(いちまる、1906年7月16日 - 1997年2月17日)は、昭和期の芸者歌手。
本名は後藤 まつゑ(ごとう まつえ)、後藤聿古 ( いつこ ) とも名乗っていた。
端唄や小唄では江戸小歌市丸(えどこうた いちまる)の名前で活動した。
江戸小歌中村派17世家元。
近衛文麿の愛人でもあった。
出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』
มุมมอง: 329

วีดีโอ

六代目梅幸と十五代目羽左衛門の『助六』
มุมมอง 7203 หลายเดือนก่อน
6代目 尾上梅幸 15代目 市村羽左衛門 ********************* 音源の箱にはこれだけしか書いてありませんので 詳しい方は、 お教えいただければ嬉しいのです。 いずれにしても、わたくしなどにとっては 二人ともフルトヴェングラーなみの 伝説の名優ですから、 ここにアップして、 みなさまが、 どこかに保存していただければ幸甚です。
常磐津三東勢太夫 八百八『伝授の雲龍』ほか  小山觀翁撰集
มุมมอง 3493 หลายเดือนก่อน
常磐津三東勢太夫 八百八『伝授の雲龍』 常磐津千東勢太夫 菊三郎『老松』 1980昭和55年10月26日放送から録音
壇浦兜軍記『 阿古屋 』仁左衛門 歌右衞門*後編 小山觀翁撰集
มุมมอง 5644 หลายเดือนก่อน
表紙に掲げたのは、このテープの箱書きです。 解説録音時に自ら持参のテレコで収録した音源です。 名優の舞台に觀翁の解説が入っていて、 お聞き苦しいかも知れませんが、 このままアップいたしました。 A面B面をそれぞれ前後編といたしました。 演者については音声で全て語っておりますので割愛いたします。 また、 幕切れ後に、 常磐津の阿古屋を「幕間解説」でお聴きいただきますと、 申しておりますが、 この時に聴取者にご披露したのは、 この撰集に既にアップしてあります 常磐津菊三郎の阿古屋だと思います。
壇浦兜軍記『 阿古屋 』仁左衛門 歌右衞門*前編 小山觀翁撰集
มุมมอง 8704 หลายเดือนก่อน
表紙に掲げたのは、このテープの箱書きです。 解説録音時に自ら持参のテレコで収録した音源です。 名優の舞台に觀翁の解説が入っていて、 お聞き苦しいかも知れませんが、 このままアップいたしました。 A面B面をそれぞれ前後編といたしました。 演者については音声で全て語っておりますので割愛いたします。 また、 幕切れ後に、 常磐津の阿古屋を「幕間解説」でお聴きいただきますと、 申しておりますが、 この時に聴取者にご披露したのは、 この撰集に既にアップしてあります 常磐津菊三郎の阿古屋だと思います。
六代目 笑福亭松鶴 『寄合酒』 小山觀翁撰集
มุมมอง 1K5 หลายเดือนก่อน
収録日時は不明です。 いつもご視聴いただいているみなさま。 御高配に感謝いたします。 このたび 觀翁撰集の同好の士が相互交流していただける場 所謂オフ会を開催したいと考えはじめました。 辛口批評を活発にしていただき、 現在の実演家たちを激励していただけたらと思います。 夢としては いずれ常設の空間を東京銀座にひらきたいとも思います。 そこで、 てもとの品々を販売して その経費に充てることにしました。 撰集にアップしたあとの 音源もあわせて販売させていただきます。 父 觀翁の手になる箱書きも多数むくまれています。 ご覧いただきお求めいただければ幸甚です。 Yahoo!オークション Taisei Koyama のページ auctions.yahoo.co.jp/seller/taisei59 小山泰生 ********************* 6代目 笑福亭 松鶴 (しょうふくてい し...
歌舞伎『妹背山婦女庭訓 吉野川』 小山觀翁撰集
มุมมอง 1K6 หลายเดือนก่อน
今回は、名優の口跡を 天皇陛下がお聴きになった 日そのままに お楽しみいただこうという趣向です。 1991平成3年4月4日 妹背山婦女庭訓 吉野川  歌舞伎座 配役 太宰後室定高 = 中村歌右衛門(6代目) 大判事清澄 = 中村吉右衛門(2代目) 久我之助清舟 = 中村鴈治郎(3代目) 娘雛鳥 = 中村松江(5代目) 腰元小菊 = 中村歌昇(3代目) 腰元桔梗 = 中村浩太郎 腰元松野 = 加賀屋歌江(2代目) 腰元竹野 = 松本幸雀(初代) 腰元梅野 = 中村鴈乃助(2代目) 腰元吉野 = 中村芝喜松(2代目) 父 觀翁の当日解説はいぜんにアップしましたが、 当該舞台の音源をみつけました。 天皇誕生日を壽ぎ、 本日アップしました。
新内『花井お梅』冨士松長門太夫 小山觀翁撰集
มุมมอง 6796 หลายเดือนก่อน
冨士松長門太夫 新内勝一朗 冨士松菊三郎 1983昭和58年2月6日収録 『花井お梅』 新内節の曲名。 本名題『梅雨衣酔月情話 (つゆごろもすいげつじょうわ) 』。 1888年5世富士松加賀太夫作曲。 その前年,日本橋浜町酔月楼の女将お梅が番頭の峰吉を刺殺するという事件があり, 当時の『東京絵入新聞』に『花井於梅酔月奇聞』として連載された。 本作はそれを脚色して新内節にしたもの。「大川端の段」が人気があり, 写実的・劇的で明治期の代表曲とされる。 後編として「花井お梅自訴の段」があるが,あまり演奏されない。 ********************* 花井 お梅(はない おうめ、1863年(元治元年) - 1916年(大正5年)12月13日[1])は、幕末から大正時代にかけての女性。芸妓などで生計を立てていたが、1887年(明治20年)に犯した殺人事件が、色々な演芸に脚色され、演じら...
『鶴壽三番叟』哥沢土佐芝金ほか 小山觀翁撰集
มุมมอง 5346 หลายเดือนก่อน
「鶴壽三番叟」    哥沢土佐芝金 「木やり」     富本都路 「小町少将道行」    都一いき 都一中 収録詳細は表紙に添付しました。 ********************* 四代目 哥沢芝金 (明治25年(1892年)4月4日 - 昭和56年(1981年)2月19日)本名は柴田錦子。 東京の生まれ、伯母が3代目芝金、姉は2代目哥沢芝勢以、明治41年(1908年)に4代目芝金を襲名。昭和33年(1958年)に実子に5代目芝金を譲り、隠居し哥沢土佐芝金を名乗る。昭和51年(1976年)に勲五等宝冠章。長男が5代目芝金。 とあるが、下記の事項を補填する。 初代の息、柴田保の3女錦子、3代目哥澤芝金の姪。長姉柴田清は三味線に長じ2代目芝勢以を襲名。2女雪子は哥澤に踊りをつけ[哥澤振り]として公演した。錦子は明治41年(1908年)に4代目哥澤芝金を襲名。 出典:『ウィキペディア(W...
小唄 二題 蓼 胡満喜(たで こまき) 小山觀翁撰集
มุมมอง 3357 หลายเดือนก่อน
小唄 「中洲の思い出」 「お月さん」 唄 蓼 胡満喜 三味線 蓼 胡満一 ほか 1977昭和52年10月録音
地唄『松竹梅』栄松 文子 春昇 生田山田両流合奏 小山觀翁撰集
มุมมอง 4137 หลายเดือนก่อน
みなさま あけましておめでとうございます。 令和六年の新春を寿ぎ、 つつしんで 新年の祝詞をきこえあげます。 生田山田両流 栄松 文子 春昇の名人合奏の 地唄『松竹梅』 をアップしました。 *歌詞* 立ちわたる、霞を空のしるべにて、 のどけき光新玉(あらたま)の、 春たつ今朝は足曳きの、 山路を分けて大伴(おおとも)の、 三津に来啼く鶯の、 南より笑ひ初(そ)む、 かをりにひかれ声の麗らか。 羽風に散るや、 花の色香も、 猶(なお)し栄えあるこの里の、浪 花(なにわ)は梅の名どころ。〜 唄 越野栄松 箏 米川文子 三弦 富崎春昇 昭和31年12月29日収録 *********************
『岡本綺堂の作品をめぐって』 小山觀翁撰集
มุมมอง 1.1K8 หลายเดือนก่อน
岡本綺堂の作品について 二代目 中村芝鶴が、 左團次、壽海などの思い出とともに語ります。 1977昭和52年11月4日 「思い出の芸と人」を収録。
『三代目 市川左團次』宇野信夫&山川静夫 小山觀翁撰集
มุมมอง 1.1K8 หลายเดือนก่อน
「思い出の芸と人」 1977昭和52年11月11日収録。 懐かしい宇野信夫さんの、綺麗な江戸風のお話を、 山川さんが含蓄ある素養で引き出してゆきます。 お二方とも、父 觀翁の恩人でもありますので、 左團次の芸もさることながら 芝居が好きな方々の会話の見本 を保存する意味で、 この撰集に このあたりでアップしておきます。 因みに、 山川静夫さんがNHKの看板アナウンサー であった頃、 父 觀翁が電通をやめて 自費出版した『観客の藝談』という最初の著書を 読んで、ご連絡をくださり。 イヤホンガイドをはじめる前に、 マスコミデビューさせてくださった 父にとっては恩人です。 少なくとも、中学生だったわたくしは そのようにみていました。 ********************* 三代目 市川 左團次(さんだいめ いちかわ さだんじ、1898年(明治31年)8月26日 - 1969年(昭和44...
浮世節『水づくしの大津絵』ほか 西川たつ(岸沢式多津) 小山觀翁撰集
มุมมอง 8519 หลายเดือนก่อน
1954昭和29年9月1日 NHK放送演芸会の 公開生放送から収録。 喜利彦山人さんからFacebookにいただいたコメントから 能書きを更正させていただきました。 ありがとうございました。 「いつも拝聴しております。こちらは1954年9月1日、NHK放送演芸会に出演した際の音源と思われます。共演は翁家さん馬「片棒」(九代目文治)、春風亭柳橋「粗忽の釘」です。こうした貴重な音源を残された観翁氏の慧眼に感服致します。」 ********************* 岸沢 式多津 (きしざわ しきたつ、1895年12月25日 - 1959年6月1日) 常磐津女流音曲師、浮世節を唄う音曲師。 本名:西川たつ。 旧字体は岸澤式多津。 「西川たつ」で高座復帰 出生から引退まで 岸沢文左衛門、常盤津文字多男を両親とし深川森下町に生まれ、幼少の頃から父の元で修行し9歳で岸沢式多津を名乗る。3代目柳家...
五代目 古今亭志ん生『 今戸の狐 』  小山觀翁撰集
มุมมอง 3.4K9 หลายเดือนก่อน
1955昭和30年8月19日 収録 そのほかは不詳 表紙の写真は 小山觀翁撮影
義太夫 ひき語り 豊澤和孝『袖萩』 小山觀翁撰集
มุมมอง 42310 หลายเดือนก่อน
義太夫 ひき語り 豊澤和孝『袖萩』 小山觀翁撰集
柳澤真一 横森良造「歌は世につれ」おはなし 笠置シヅ子 小山觀翁撰集
มุมมอง 1.1K10 หลายเดือนก่อน
柳澤真一 横森良造「歌は世につれ」おはなし 笠置シヅ子 小山觀翁撰集
『菊慈童』川崎九淵 引退披露能 小山觀翁撰集
มุมมอง 63911 หลายเดือนก่อน
『菊慈童』川崎九淵 引退披露能 小山觀翁撰集
薩摩琵琶『龍の口』榎本芝水 小山觀翁撰集
มุมมอง 70711 หลายเดือนก่อน
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筑前琵琶『壇ノ浦』田中旭嶺 小山觀翁撰集
มุมมอง 825ปีที่แล้ว
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地唄『十三鐘 蓬生 えび』富崎春昇 小山觀翁撰集
มุมมอง 540ปีที่แล้ว
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五代目 蝶花楼馬楽(林家正蔵、彦六)『蔵前駕』 小山觀翁撰集
มุมมอง 1.6Kปีที่แล้ว
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山田流箏曲『小督の曲』二世 上原眞佐喜  小山觀翁撰集
มุมมอง 630ปีที่แล้ว
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澤村藤十郎と觀翁「端唄と小唄のちがいとは」 小山觀翁撰集
มุมมอง 1.2Kปีที่แล้ว
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義太夫『翁草寿禿立』吉田難波掾 小山觀翁撰
มุมมอง 480ปีที่แล้ว
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山田流箏曲『喜撰』上原眞佐喜  小山觀翁撰集
มุมมอง 324ปีที่แล้ว
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桂 歌丸 觀翁 随談  小山觀翁撰集
มุมมอง 1.8Kปีที่แล้ว
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新内『蘭蝶』ひきかたり 新内勝恵  小山觀翁撰集
มุมมอง 1.1Kปีที่แล้ว
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七代目 橘家圓蔵『お直し』  小山觀翁撰集
มุมมอง 1.7Kปีที่แล้ว
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七代目 橘家圓蔵『紙屑屋』  小山觀翁撰集
มุมมอง 1.6Kปีที่แล้ว
七代目 橘家圓蔵『紙屑屋』  小山觀翁撰集

ความคิดเห็น

  • @tosiakif4307
    @tosiakif4307 4 วันที่ผ่านมา

    人生漫画帖という戦前の本に高級漫才という物が紹介されていて 高級漫才とはなんぞや?と思って調べてたらたどり着きました こういうモノなんですね

  • @user-uh5th5bw5t
    @user-uh5th5bw5t 10 วันที่ผ่านมา

    2:38辺りからの『あんなものは必要ありません!』そりゃてめえはババアだから・・この下りが好き過ぎて。

  • @onikouen
    @onikouen 11 วันที่ผ่านมา

    一時期はたくさん上がってた米朝が一斉に消えたのはそう言う訳だったのか。

  • @user-zg4cz5im2t
    @user-zg4cz5im2t 18 วันที่ผ่านมา

    越路大夫さんのおかげで小劇場、大阪の国立にも通うようになりました。御礼。

  • @seranishi
    @seranishi 21 วันที่ผ่านมา

    飾りっけはないですが一番好きな春駒です。いいですよね

  • @user-yx2eq4bf7x
    @user-yx2eq4bf7x หลายเดือนก่อน

    素晴らしい

  • @user-yh9qs6gz3s
    @user-yh9qs6gz3s หลายเดือนก่อน

    「吉原雑話」に続いての一席でしょうか? 聴きたかったので、とても嬉しいです!

  • @dadanxlpsdpgj
    @dadanxlpsdpgj หลายเดือนก่อน

    ¨̮⃝

  • @user-sr6ew9sh7l
    @user-sr6ew9sh7l หลายเดือนก่อน

    この義太夫最後元禄花見踊りで幕になるんですね

  • @桑野好正
    @桑野好正 หลายเดือนก่อน

    0:24

  • @wurry77
    @wurry77 2 หลายเดือนก่อน

    唸ってる時と素の声にギャップがありすぎるw 素の声、なんて渋くていい声なんだw この演目の聴き所は何といっても最後の道中付ですね。それより前のやり取りはこの道中付のためにある、といったら言い過ぎでしょうか。現役の浪曲師だと多少筋が違っていますが国本はる乃が演じます。

  • @user-ic4hh4ue8q
    @user-ic4hh4ue8q 2 หลายเดือนก่อน

    噺家への評価は、学者先生と噺家でも異なり、皮田の春団治を「落語を壊した」と評論家は、言いましたが、三代目米朝は、噺を短くするにもきちんと筋立てが通るように演っていたと評しています。志ん生(先輩に対して生意気)、金馬(米朝:なぜ、この人が評価されなかったのか との談)、柳好(噺をきちんと演じながらも受けるのが、先輩たちには気に入らなかったのでは?)・・そういった意味で、東で、談志は、客観的に噺家をとらえていたと思います。また、客受けするからというので、三平を爆笑王とするのは如何なものかとも思います。貴重な、音源有難うございました。

  • @user-yy5ci4uh1h
    @user-yy5ci4uh1h 2 หลายเดือนก่อน

    綱造先生…😢

  • @kpo1870
    @kpo1870 2 หลายเดือนก่อน

    「六代目死んで友達たんと出来」という皮肉な戯れ句を残したのは左團次でした。親父と正反対な奇妙キテレツな芸風でガタイもでかかった倅の四代目も、今はもういない。半世紀を超す時の流れを痛感します。

  • @cEd4rw00d2
    @cEd4rw00d2 2 หลายเดือนก่อน

    吾輩は猫であるに出てくる摂津大掾はこの人ですね〜貴重なものを公開してくださってありがとうございます

  • @user-yd2bn8zz9y
    @user-yd2bn8zz9y 2 หลายเดือนก่อน

    先日岐阜にハワイ大学歌舞伎公演がありました‼️尾上九郎右衛門さんがずっと歌舞伎の講座を持っておられ、今日まで継続しているとのことで弁天小僧役の台詞回しなど、今の若い役者衆に聴かせてあげたい位迫力でした❣️欧米人も文化として共有の心を持っておられたのは嬉しいですね‼️❤

  • @kpo1870
    @kpo1870 2 หลายเดือนก่อน

    大木豊氏はこの収録のわずか7か月後、51歳の若さで没。それにしても、舞台の梅の木だの小道具にとことん拘り、一点もゆるがせにさせないところは、まさに五代目菊五郎の再来。

  • @user-px8yv9hk6c
    @user-px8yv9hk6c 2 หลายเดือนก่อน

    22:09

  • @kpo1870
    @kpo1870 2 หลายเดือนก่อน

    「花柳十種」のうち「大つごもり」のおみねは、花柳自身の最後の舞台となった。1965年正月、演舞場の初芝居で初日、おみねを演ずると、終演後楽屋で倒れ、明朝東大病院小石川分院に入院。一説によれば厳冬なのに暖房も設備していない個室で数日放置され、わずか4日後の1月8日、肺炎に心筋梗塞を併発して死去。享年七十。おみねの役は井戸のつるべを汲み上げるのに重い本水を使い、その上ばたばたと舞台を動き回ることが多いため、高齢の花柳の心臓には致命的に堪えたのだろう。実の娘のようにかわいがっていた朝丘雪路が入院を聞いて駆けつけると花柳は「雪絵、舞台があるんだろう。早く帰れ」と追い返し、それが今生の別れとなったという。

  • @kpo1870
    @kpo1870 2 หลายเดือนก่อน

    明治41年3?月、新富座で書下ろしのお蔦を演じた喜多村が、それから半世紀近くも経って、八十を越してまだテレビや舞台でお蔦を演っていたのだから、ある意味化け物ですな(笑)。この演舞場に関しては、どう見ても伊志井の主税はミスキャストでしょう。花柳が気の毒です。

  • @user-ho6dc9pk6e
    @user-ho6dc9pk6e 2 หลายเดือนก่อน

    うまいねー

  • @edipore2013
    @edipore2013 3 หลายเดือนก่อน

    人物の演じ分け、テンポの良さ、ともに第一級の芸と感じます。雷名のみ轟きながら忘れかけていた芸が残るのはうれしい限りです。  またお父上観翁氏には、歌舞伎座のイヤホンガイドでもお世話になりました。その節はありがとうございました…。

  • @user-sr6ew9sh7l
    @user-sr6ew9sh7l 3 หลายเดือนก่อน

    三浦屋白玉、髭の意休、くわんぺら門兵衛、朝顔仙平、は誰がやったとかは不明ですか?

    • @koukan_geinouman
      @koukan_geinouman 3 หลายเดือนก่อน

      ニッポノホンレコード「助六由縁江戸櫻」(1926年4月発売) 市村羽左衛門(助六)、四代目片岡市蔵(門兵衛) ポリドールレコード「助六由縁江戸櫻」(1931年1月発売)尾上梅幸(揚巻)、六代目彦三郎(意休)、七代目市村家橘(白玉)、二代目市川荒次郎(子分)

    • @user-lt9gr8eh5p
      @user-lt9gr8eh5p 2 หลายเดือนก่อน

      まずは自分で調べーや、求め屋(笑)

  • @user-xt8yy5vl6d
    @user-xt8yy5vl6d 3 หลายเดือนก่อน

    この師匠が長命でなかったら、上方落語の復興も違ったものになったでしょうね。

  • @user-sr6ew9sh7l
    @user-sr6ew9sh7l 3 หลายเดือนก่อน

    ばかや”ろ”う”〜早く食わねぇからだ〜!!

  • @user-zs3ge6qb3v
    @user-zs3ge6qb3v 3 หลายเดือนก่อน

    昨日,映画 碁盤斬り を観て来ました落語の話しのあらすじを知っていたので楽しく観て来ましたよ、話しの途中で 文七元結 の話しも出ていましたね😊

  • @user-sr6ew9sh7l
    @user-sr6ew9sh7l 3 หลายเดือนก่อน

    六代目三遊亭圓生師匠の師匠で五代目三遊亭圓楽師匠からして大師匠にあたる人ですね!

  • @user-to2un1cx5l
    @user-to2un1cx5l 3 หลายเดือนก่อน

    さすが金馬。 親父と子どもの会話を、これほど見事に演じるのは金馬以外にはいないだろう。 本当に親子の会話を聞いているようだ。感服!

  • @user-jr8fw1xq1q
    @user-jr8fw1xq1q 3 หลายเดือนก่อน

    ん〜たまらないですね〜馬生師匠!人間国宝馬生師匠!

  • @user-jr8fw1xq1q
    @user-jr8fw1xq1q 3 หลายเดือนก่อน

    この日の演目は2席とありますが一席を聞かせて下さい〜また2席後の馬生師匠の語りがたまらなく味があり馬生師匠ファンはたまりません〜アップありがとうございます

  • @user-wg9es5sc2e
    @user-wg9es5sc2e 3 หลายเดือนก่อน

    落語を聴いて居ると、今のドタバタ芸人?只只!芸人と呼ぶ事すらおくがましい!

  • @ttt-mq4ei
    @ttt-mq4ei 3 หลายเดือนก่อน

    しつもんすいません 書き出してみたのですが これに明らかにおかしい文字や間違いはありますか 志ん生 五目講釈 大将この日の出で立ち見てあらば、黒糸威 の大鎧、鹿角の脇立て、銀獅噛の前立て、打ったる兜を、猪首にきなし・・・・・・ 田原正真が、七日に七日また七日、三×七、二十一日の間、精進潔斎にて、鍛いあげたる、蜻蛉切と名付けたる、大身の槍を、馬の膝頭に、ひきつけーっ・・・・ やーあやーあ、遠からん者は、音にも聞け、近くば寄って、目にも見よ、我こそは、駿遠参、三ヵ国にて、然る者ありと知られたる、淳和、奨学、両院の別当、源氏の棟梁、武門の長者あっ・・・・ 征夷大将軍、徳川家、三河の上、家康、身内にしてっー・・ 本多平八郎とは、我が事なり、我と思わん、者あらば、いざ、見参、見参と、鐙、踏み止め、鞍の背に、突っ立ちあがりーいっ・・大音声に、呼ばわったりいっ・・   これを聞いたる、城中の、有志の面々、憎っくき、本田の一言、かな 目にもの見せてくれんと 大手の門を、さっと、八文字に、開いたあっ・・・・ 中より、踊り出でたるのは、後藤又兵衛基次、伴団右衛門直之、薄田隼人正兼相 亀井、片岡、伊勢、駿河、 武蔵坊弁慶、 由井正雪 、藪原検校・・・・ 我も、我も、と、乗り、出だしたが、本田、一人の働きのため、秋の木の葉の散る如くっ・・ ムラムラ パッと、逃げ去ったりっ・  逃ぐる者には、目は、かけず、目指すは、時政、ただ一人と、馬コマの頭カシラを立て直しっ・・  やあーやあーあ それに、討たせたもうは、桓武天皇、九代の皇胤 、平親王、平の知盛と見受けたりっ・・・・敵に後ろを、見せるは卑怯なりっ・ 返カーエーしーて、見参ゲンザン、見参と、扇を上げて、隙間、見ればっ・敵に声をば、かけられて、何の猶予のあるべきやっ、 敦盛、馬コマを、ひっ返せば、熊谷も、進みよりっ・・ えいや、ふんずと、組み合ううち、兜の錏/錣シコロを、引っちぎられ、こわ(強)、敵わじと、朝比奈は、浜辺を指して、逃げて、行くっ・  ほん一つの不思議と言うは、頃しも、六月、末つ方っ  四方の山々、雪、解けて、   川の狼、かわのかみ、 霜を、彷徨う、その内に遥か、彼方の、たにがいにて、  塩の付きし、白布を、流れに、洗う、女あり  綱は、フンと金剛杖を、岩角に突き、汝なに故あって、その絹を洗えしぞやと問われた時に、かの女両眼に涙を浮かべっ 何を、お隠し申しましょう、わたくし夫と申しまするは、先年、大江山にて酒呑童子と相撲を取り、踏み、潰されし、河津三郎祐泰が、忘れ形見、やすと申す、者にて、候   そなたが、おやす殿で、有りし日には我も思えば六年前、信太の森にて、悪右衛門 に狩りに出され、 死ぬる命を、保名殿に助けられ、再び花咲く乱菊の千歳を経ヘたる雌狐雄狐・ 初音の鼓、尋ねんと、遥々ここへ紀伊の国、今、道心は、御座ずやと 登って聞けば、その人は、東の住まいと聞く悲しさ またも都を、迷い出イで、すごすご帰る道すがら、山越す、猪に出会い・・ やー、慮外リョガイ無礼の雲助共っ・  命を取るは、殺生とっ、思った、なれど、付け上がり 面ツラに受けたる看板の、傷を、もっけの重宝と、切られの良さと異名を取りっ・  そんなら、お前が与三さんか、お富であったか、積もる話は、船にとせんと 海の深間、十反、余り漕ぎに、出ば・・うしーろーの方カタより追っての声っ・やーあやーあーあ・ その女こそ、源氏の白旗、持ったるなり、早や、奪い、取ったれと言う声 辺りを見れば人は無し、ひとまず、ここを落ち延びて、時節を待って、おお詫びせんっとっ・ 共に、と、取り縋スガるを、 おう、労しの、今若、乙若、すやすや眠る幼子のっ、顔を見つめて、これ、久松 それ程、嫌な、身ずからを、女房にすると何故、言うたっ・  例ーえ、この身ーは、うろ屑の餌食となると言えども、この川、越えず、おくべきかと、日高の川へと、ざんぶりと、道成寺へとっ、つきにけりっ・・  このー釣ー鐘ーの、中こそ、怪しやっと、きーんりー、きーんりーと、七巻半、残りし首は、江州、瀬田の唐橋に、にょっきと、現れたりっ・・   これを眺めし、併称/並称平清盛うーううん、憎っくき百足の振舞いかなあ  多足タソある、あれを、打ち取れっと、下司の一声、心得候ーなれども、ばーらばっらっと現れたのはっ・ これなん、下野の国の住人、那須与一宗高はっ 村重等の弓を、満月の如くに、引き絞り、のっぴき、ひゅーと、切って放てば、過またずっ・  継信殿の胸板へ、はしっと、立って、真っ逆さま、落ち行く先は、九州相良っ・  村の小名おば金置き村よ、鈴木主水と言う侍は女房、持ちにて二人の子供っ、姉が、宮城野、妹が、信夫、親の仇、工藤左衛門祐経を討たんとっ・ 頃は、元久の四年の中の八日の五月雨にっ・ ・富ー士ーのー裾野っへ忍び込む・・ この者元に、播州、赤穂の主、塩谷判官高貞の家来、堀部安兵衛武庸は 関の孫六、三本杉の一刀の裏と表の目釘を示しっ・・ 千里ー一時、虎の子走りっ・高田の馬場へと駆け付ける夫の後を、慕えし、松浦佐用姫 これ、のう、待った稲川殿っ・ 呼べど叫べど雲、霞、夫の命に係わる大事、私もこれから相撲場へとっ・ 帯引き締めて、出会い頭に現れ、出でたる、一人イチニンはっ・ これ南部衆、川越の主っ・ 太田道灌っ・ その時に、読まれし、一首コンっ・ 石川や浜の真砂は尽きずとも、宜 山風を嵐と言うらんっ・ これを聞いて一同の者が・関心を、致して、今、引き上げんとする所へっ・ 遅ればせに、駆け付けて参りました、清水の次郎長に加藤清正っ・妲己のお百に日蓮上人っ・ この寄ったりの者が、飛行機に乗りまして・南極 探検をすると言う・お馴染みのお話で・ 河津三郎祐泰が、忘れ形見、やすと申す、者にて、候   そなたが、おやす殿で、有りし日には やすが何者か不明 川の狼 川の神 出典が不明です 分かりますでしょうか

  • @redpine3255
    @redpine3255 3 หลายเดือนก่อน

    柳橋師匠にしては珍しく何度もとっちて(舌がもつれている)いますね。

  • @user-pq2qy2pb3o
    @user-pq2qy2pb3o 3 หลายเดือนก่อน

    11:55

  • @user-xs5tr6cx8u
    @user-xs5tr6cx8u 4 หลายเดือนก่อน

    ついに、映画に成るそうです。🎉

  • @galleryTOKU
    @galleryTOKU 4 หลายเดือนก่อน

    なんだかこんど何んにもできないのに新内公演のお手伝いをすることになり雰囲気を得るために参考にさせていただきます。ありがとうございます😊

  • @NENE-KEN18
    @NENE-KEN18 4 หลายเดือนก่อน

    落語というより、漫才みたいですね😊

  • @tukikagehyougoful
    @tukikagehyougoful 4 หลายเดือนก่อน

    大阪人でありながら…初代春団治のもとを出て…東京に出て…六代目三遊亭圓生師匠に助けられ…東京で上方落語を語り評価された隠れた名人…二代目三遊亭百生師匠…!!

  • @user-me7il4js2v
    @user-me7il4js2v 4 หลายเดือนก่อน

    素晴らしい程の気合いを感じます。声の調子からして1920年代でしょうね。 なので喇叭吹き込みですね。大正期のニッポノフォンのレコードには、その組み合わせの録音も結構在りますから、そんな感じがします。元ネタが人形浄瑠璃なのが、よく解る演じ方です。音だけでも舞台の動きを彷彿とさせる名演だと思います。

  • @okut.3914
    @okut.3914 4 หลายเดือนก่อน

    th-cam.com/video/GExg9qlkZc0/w-d-xo.html

  • @user-hu8gy8go2s
    @user-hu8gy8go2s 4 หลายเดือนก่อน

    後半、仲蔵は雨の食堂で鞍馬天狗?みたいな男性に会いますよね、その時仲蔵が「いい、あーいい、いい」って言うんだけどそれが何とも言えずいいんです。圓生師匠ってやっぱ天才かもと思ってしまう。

  • @erikkoch6117
    @erikkoch6117 4 หลายเดือนก่อน

    シェアしてくれてありがとうございます。何回聴いても楽しめます😊

  • @user-lt3et7on9u
    @user-lt3et7on9u 4 หลายเดือนก่อน

    大好きな金馬師匠に東京に来て百生になったと言われた楽しい師匠にブキウギの笠置さん!素晴らしい録音さすがです!

  • @user-yy5ci4uh1h
    @user-yy5ci4uh1h 4 หลายเดือนก่อน

    小文治師のおかみさん、『尻餅』も面白かった。

  • @huna27huna27
    @huna27huna27 5 หลายเดือนก่อน

    後半に出てくるのは談志か。

  • @user-po5vy7ko4i
    @user-po5vy7ko4i 5 หลายเดือนก่อน

    20:10 落付く先は九州相良、九州相良。道中筋は参州の吉田で逢うた、と人の噂。 👏👏👏

  • @user-yy5ci4uh1h
    @user-yy5ci4uh1h 5 หลายเดือนก่อน

    三味線は、綱の時は十代弥七かな?他はわかりますか?

  • @user-rm8kr5ki3s
    @user-rm8kr5ki3s 5 หลายเดือนก่อน

    1こめ もう五年か

  • @user-mt9nt6iy1y
    @user-mt9nt6iy1y 5 หลายเดือนก่อน

    昭和の文楽は七世土佐太夫なしに興行は成り立ちませんでした。松竹の大谷竹次郎社長がご存命でしたら。七世土佐太夫こそ、文化勲章を受け、人間国宝であり、